新幹線が紡いだ、ある研究者青年と有馬の女性の若き日の恋 〜第一章 紹介状
いつものように、研究室で 深夜の仕込みの実験を終えた とおるは、山手線を巣鴨駅で降りた。
昼間の「おばあちゃんの原宿」としての喧騒が 嘘のように静まり返った、夜11時過ぎの地蔵通り。閉まったシャッターの列が続く 無機質な道を、冬の夜風が通り抜ける。とおるはコートの肩をすくめながら、古びたアパートの入り口に辿り着いた。
クリスマスを一週間後に控えた年の瀬。ポストを覗くと、夏に登録した結婚相談所から、また厚みのある封筒が届いていた。
とおるは今年、三十五歳になる。 医者の家系の長男である彼は、この歳になると 実家に帰るたび、両親から無言の、あるいは露骨なプレッシャーを受けていた。
「いい人はいないの?」
という母親の問いかけは、もはや挨拶に近い。
彼は、あえて両親の期待を少し逸らすように、臨床医の道ではなく、研究者の道を選んだ。
現在は、都内の某製薬会社の研究所で、アルツハイマーの新薬に関する研究に没頭していた。顕微鏡の向こうで、細胞への薬効を調べる静かな時間だけが、自分に向き合える穏やかな時だった。
これまで、付き合っていた女性がいなかったわけではない。 ただ、とおるは自分の心の奥底にある、ある種の「違和感」を 学生の頃からずっと自覚していた。 普段の彼は、穏やかで知的な男だった。
だがそれは、長年の経験によって身につけた一つの仮面に過ぎなかった。 自己啓発本や恋愛マニュアルなどを読んで、自分が考える「正解」を無意識に計算している自分がいた。だから、デートをしていても、最終的に一人きりの部屋に戻った瞬間に、実はやっと本当に自分に戻るのだった。
ここ最近は、同級生や 歳の近い同僚たちが 結婚していく孤独
― そんな、寂しさを埋めるように、また、もちろん親の勧めもあり、半年前、大手の結婚相談所に登録した。
これまで三人の女性と会った。いつも、最初は「つかみ」のいい彼に、相手も好感を持ってくれた。
でも、二回、三回と会ううちに、だんだんと息苦しさが生じて、疎遠になる ―― そんなことを繰り返し、「自分は、誰かと人生を共にするなど無理なのだろう」と、薄々悟り始めていた。
その日の夜も、冷えた缶ビールのプルタブを引く音を合図に、届いた封筒を開けた。
「……おや?」
中から出てきたのは、いつものような事務的な釣書(つりがき)だったが、そこには一枚の風景写真が添えられていた。
有馬温泉。古びた木造建築が並ぶ坂道。 その片隅に、カメラから視線を逸らし、どこか遠くの空を見つめる一人の女性が写っていた。
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