【明智戦記】六月八日「坂本評定」
本格的に忙しくなってきて、書き溜めの作文投稿しかできなくなってきました。趣味の歴史もの、時代物ばっかりで、現代ものが全然かけていません。
そろそろ淡い恋系のストーリーを書かねば。笑
今日の投稿は、ちょっと前に投稿した「雨後に語らざり」(キザなタイトルゥ~笑)を改稿した内容です。前のを削除しようかと思いましたがひとまず残しております。
淡海にせり出した本丸の試射場で、光秀が国友衆の新作鉄砲を試していると、大和から伝五が戻ったと知らせが入った。光秀は知らせた側仕えの武者に頷くと鉄砲を手渡す。
「主だったものを集めてくれ」
四半刻後、皆が集まったと報告を受け二の丸の書院へと向かう。部屋に入ると座る間もなく内蔵助が押し殺した様子で「殿」、と詰め寄ってきた。
上座に座って見渡すと、右手側から左馬助、庄兵衛、中央に内蔵助、左手の下がったところに貞興や丹波衆が居並ぶ。書院の襖は全部開け放ってあって、梅雨の晴れ間からの日差しに少し暑いくらいだった。
「筑前守様の兵が姫路まで返してきておるとの由」
「想定より少し早いな」
「少しどころではありませぬ」
内蔵助は目を剥いて言った。だいぶ興奮をしている様子にちょっと鼻白む思いだが、他の者らには落ち着きが見える。実際のところ光秀も少し意外に思っていた。自分のもとに最初に辿り着くのは、距離的な理由から三七と五郎左の四国出征組だと踏んでいたからである。
二日にことが起こり、その日の夜半には事の全部を三七らは知ったはずだ。だが彼らのとった行動は、大坂城へ急進して、光秀の娘婿であり信長の甥、三七にとっては従兄弟にあたる七兵衛信澄を、愚かにも斬ったことくらいだ。
その後も尼崎あたりに留まり、摂津衆への調略をしている程度で、左馬助が探る限り北陸軍との連携も取れているようには思えないとのことだった。
「北陸はどうなっているんだ。権六殿は何をしている?」
光秀は左馬助にじっと視線を送る。既に膝を崩していた左馬助は、懐から書付を取り出すとそれを光秀に手渡した。
「三日に魚津を獲ったようですが、五日まで京の様子を知らなかったようですな」
「こちらから送った使者は?」
「柴田様はお信じにならなかった模様」
ちっと光秀は舌打ちをした。
実際のところ柴田勢は、二か月半にも及ぶ攻城戦でようやく魚津城を上杉から奪い獲ったが、三日に届いた急使を信じず、その後五日になってからようやく本能寺を事実と判じるに至ったらしい。慌てて北の庄まで引き返したせいで、苦労して落とした魚津城を上杉に奪還されると言う醜態のおまけも演じている。
「それに比べて筑前の動きは見事と言うほかない」
「感心するようなことではありませんな」
賞賛する主人に内蔵助が苦言で釘をさした。
左馬助の手配する諜報網は緻密に活動しており、各地の状況が手に取るように判る。無論時間差はあるが、光秀の大局観はその時差をも計算のうちに容れて発揮されるのだ。
「この様子ですと、羽柴勢の二万が目下の敵という訳ですか」
「となると、当方は一万六千。少々分が悪いですな」
庄兵衛が羽柴の兵数を読んで言うと、光秀のすぐ脇に控えている伝五が言葉を継いだ。「いや」とそれに言葉を挟んだのは内蔵助だ。興奮は冷める様子がない。
「離散しているとは言え、信孝様は未だ八千ほどは維持していよう。摂津衆の調略が成れば更に八千、併せて三万六千になる」
「安土に配した四千を戻しますか。戻した方が良いと思いますが」
左馬助からそう進言があり、少し考えたあと光秀は首を縦に振った。
「ではさっそく安土に戻り、とって返して参ります」
戻るのに半日、先に使いを出して出立の下知を下しておけば、明後日には京へ戻って来られるだろう。
「しかし信孝様は存外に不甲斐ないですな。千載一遇の機会であろうに」
「四国組だけでは八千。摂津衆を組み入れて兵数はようやく拮抗しますからな」
左馬助が言うと、丸顔の庄兵衛が鼻をかみながら話した。紙に出したそれを改めて、もう一度鼻をかむ。
「摂津衆は元が我らの寄騎、信孝様や丹羽様からすると、どちらに着くか旗色が読めないのでしょうな」
庄兵衛が続けて言って、内蔵助を除く諸将が頷き合う。内蔵助には異存がある様子だ。そのことに早くから気付いていた光秀は「内蔵助」とこの猛将に声をかけた。
「何か言いたいことがありそうだ。いいから言ってみろ」
「…………」
「よいから言え」
「では憚りながら」
生唾を呑む内蔵助に光秀は穏やかに頷く。
「殿が一声かければ、細川様や筒井様、それに摂津衆も悉くが合力くださいましょう。そうすればざっと数えても五、六万。羽柴勢の三万どころか、北陸の柴田様とも十分に戦えまする」
譜代の左馬之助や庄兵衛と違い、新参の内蔵助は片膝を立てて鬼気迫る勢いだった。彼も本能寺を決行するに際してはすべてに覚悟を決めたいただろう。しかし事がうまく運んだあと、欲が出てしまったのではないか。
うまく立ち回れば勝ち残れると踏んだに違いない。光秀はその甘い考えに首肯する気持ちにはなれないのだった。それは、左馬之助ら股肱の家臣たちにはよくわかる話だった。
「内蔵助、筑前を斃すことは可能だろう。権六殿を破るのも実のところそんなに難しいことではない。だがそのあとはどうする。信州から滝川が戻り、東海から徳川が来る。伊勢には北畠を擁する信雄様もおるぞ。よしんばそれらに打ち勝ったとして、その次には上杉、毛利、北条、名だたる勢力と事を構えねばならぬ」
実際には主殺しをした時点で光秀の気力の過半は失われているのだ。むしろ畿内を抑え朝廷を慰撫し、今日までよく働いたと思う。
だが内蔵助には未練が生じた。拳を床に打ち付け、さらに膝を一歩前に滑らせる。
「すべてと事を構える必要はありますまい。北条はともかく、上杉や毛利とは和睦ができましょう。それこそ朝廷に仲裁して頂くことも」
「そうして、誰がその後の政を行うのだ」
光秀が断じると内蔵助は喘いで言い淀んだ。彼は猪武者ではなく、むしろ怜悧な戦略眼を持った一流の将帥である。実際には光秀の思考がよくよく理解できる。できるからこそ、もう一歩先を観たいと切望するのかもしれなかった。
「残念だが儂にはその資格がない。いかに上様の暴虐に非を唱えようと、主殺しの謀反人に天下の政治はままならぬ。それは儂を斃したものの権で、儂にできるのは、次代を担う天下人に為政者の権利を譲ることだけだ」
「そうそう、我らは天下の謀反人ですからな」
淡々とした声で庄兵衛が言って、達観した様子の左馬之助が口髭を弄りながらかっかっと嗤った。光秀は淡々と言葉を紡ぐ。
「勝てぬまでも初めに挑む者にしかその権は与えられぬ。三七様、五郎左殿は戦のことのみ考え、戦略眼を持ちえなかった。それだけでもう資格がない。誰をも待たずにまず一戦、勝てずともその後筑前を従え再戦、そこで敗れても次に柴田を従え、滝川に担がせ、三戦四戦と挑めばよかったのだ」
「数に限りのある我らはいずれジリ貧ですからな」
左馬之助が茶々を入れた。内蔵助はじっと床の継ぎ目を見つめている。
「そんな戦に細川や筒井を巻き込むわけにはいかぬ」
光秀はそう締めると一旦口を噤んだ。
そうした理由では、光秀は内蔵助についても無理強いをするつもりがない。ふと緊張を緩めると上座から降りて膝をつき、内蔵助の肩に手をやった。
「内蔵助、貴様も下野してよいのだ。左馬之助や庄兵衛は一門であるから今更出奔したところで面白くない末路しかあるまい。だが貴様は違う。筑前にとは言わぬが、細川や筒井に儂が書状を書こう」
「…………」
黙ってしまった内蔵助の肩を二度叩き、光秀はにやりと相好を崩す。
「さて、引き続き筑前を歓待する戦場の話をするとしようか」
「殿、おそれながら宴の酒肴は?」
「無論、儂のこの首だ」
光秀はすがすがしく静かな声でそう言った。西の空から晴れ間を追い払うように雷鳴が小さく聞こえてきている。どうやらこれから一雨が来るようだった。内蔵助の拳は小さくわなわなと震えていた。
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