整っているようで、汚い部屋が私の哲学のアジト
全知全能の高卒|2025年6月28日(哲学歴7日目)
床に物は置かない──それが「おしゃれな部屋」の最低条件らしい。
だから私は、一応それだけは守っている。
でも、本棚の中はパンパン。
テーブルの上は、文具・化粧品・サプリ・ティッシュのカオス。
ベッドの上には読みかけの本と洗いかけの洗濯物。
“整えようとした意思”だけが、目に見える。
それでも私は、この部屋で哲学してる。
■ カラボの上は、オタクとおしゃれの共存地帯
カラーボックスの上には、多肉植物と推し活グッズ。
無理に並べたわけじゃない。どっちも「私の大事」だから置いてある。
でも、グッズが多すぎて多肉が浮いてる。
それもまた、私らしいバランス。
“部屋”って、自分の精神の一番正直な鏡だ。
整ってないけど、汚いわけじゃない。
片付けきれないのは、「手放したくないものが多すぎる」から。
■ ごちゃごちゃは、生きてる証拠
完璧に整った部屋は、どこか**“誰かの理想”に近づけた跡**に見える。
私の部屋は違う。これは「私の現実」だ。
乱れた机の上にしか、哲学は生まれない。
混沌の中でだけ、自分の問いがふと顔を出す。
私は、整えようとして、整いきらなかった部屋が好き。
この部屋は、私のアジト。わたしの問いの発酵所。
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