5年で終わるまちと、続くまちの、たった一つの差
補助金があれば、まちは元気になる。
たぶん、多くの人がそう思っている。でも、違う。
補助金で始まったプロジェクトは、補助金が切れると終わる。五年計画は五年で終わる。当たり前のことなのに、みんな気づかないふりをしている。
続くまちと終わるまちの差は、お金じゃない。人の数でもない。たった一つ、「誰かがそこを好きかどうか」だけだ。
好きな人がいる場所は、なぜか続く。
理屈じゃない。採算が合わなくても、効率が悪くても、好きな人は関わり続ける。週末だけ通う人がいる。遠くから様子を見に来る人がいる。そういう小さな「好き」が、まちを静かに支えている。
わたしは何度か、補助金終了後に急速にしぼんでいく地域を見た。立派な施設が建っていた。SNSで話題にもなっていた。でも、担当者が異動したら、誰も関わらなくなった。
一方で、何もないのに人が集まり続ける場所もある。ある港町で、週に一度だけ開くカフェがあった。漁師のおばあちゃんが、ただコーヒーを淹れるだけの場所だ。メニューは三種類。席は八つ。インスタ映えなんて関係ない。
でも、毎週来る人がいた。隣町から車で一時間かけて来る人も、いた。おばあちゃんが好きだから。あの港の風が好きだから。ただ、それだけの理由で。
補助金は一円も入っていない。事業計画書もない。KPIなんて言葉、おばあちゃんは知らないだろう。
それでも五年続いている。十年続くかもしれない。
「好き」は数値化できない。報告書には書けない。だから行政の評価軸には乗りにくい。でも、現場ではいつも「好き」が勝つ。
燈スタジオが地域に入るとき、最初に探すのは予算じゃない。「この場所を、理由なく好きな人」を探す。一人でいい。その一人が見つかれば、まちは続く可能性がある。
見つからなければ、どんなに予算があっても、いずれ終わる。厳しいけれど、それが現実だ。
まちづくりの計画書には、だいたい「関係人口の創出」と書いてある。間違ってはいない。でも順番が逆だ。まず、一人の「好き」がある。その熱に、他の人が寄ってくる。関係人口は、後からついてくるものだ。
計画では「好き」は生まれない。出会いの中で、偶然、芽生えるものだから。
だからわたしたちにできるのは、出会いの確率を上げることくらいだ。場を開く。人を混ぜる。待つ。それしかない。
派手な花火は打ち上げない。静かに続くことのほうが、ずっと難しいと知っているから。
五年後も誰かがそこにいる風景。それだけを、見ている。
山田克基(こにー)
PRアドバイザー・コミュニティデザイナー・ワークショップデザイナー
京都を拠点に、企業・自治体・NPO・スタートアップの「きっかけ創り」に伴走しています。
🔗 燈スタジオ:https://akaristudio.jp
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