「伝わらない」は、相手の問題じゃない
「伝える」ということに、わたしはずっと魅了されてきた。
子供の頃から、言葉というものについて考えるのが好きだった。同じことを言っているはずなのに、なぜある言葉は人の心を動かし、ある言葉は素通りしていくのか。その違いがどこにあるのか、ずっと気になっていた。だからわたしにとって、伝えることは苦手意識の対象ではなく、むしろ探求し続けたいテーマだった。
広報の仕事に関わるようになって、その探求はさらに深まっていった。丁寧に書いたプレスリリースが、まったく反応を得られない。時間をかけて作ったSNSの投稿が、誰の目にも止まらない。心を込めたはずなのに、なぜだろう。
そんなとき、世の中にはこんな声が少なくないことに気づく。メディアの人はわかってくれない。フォロワーには熱量が足りない。伝わらない原因を、つい「相手」の側に置いてしまう人は多いのだ。
けれど、わたしはこう考えている。伝わらない原因は、たいてい自分の側にあるのだ、と。
言葉について考え続けてきて、たどり着いたことがある。伝わる言葉には、不思議と引力がある。相手の表情が変わり、前のめりになり、最後には「もっと聞かせてほしい」と言われる。その違いはなんだろうと考えたとき、見えてくるものがある。引力のある言葉は、常に「相手の立っている場所」から話し始めている。

相手がどんな日常を生きているのか。何を大切にしていて、どんな言葉に心を動かされるのか。そこを想像することなく、自分の伝えたいことだけを並べていても、届かないのは当然だ。言葉の選び方、伝える順番、前提の共有、そしてタイミング。どれかひとつがずれているだけで、どんなに正確な情報も、相手の心には届かない。
「正しいことを言えば伝わる」と信じている人は、案外多い。でもそれは、とても傲慢な思い込みだ。伝えるというのは、一方的に発信することではない。相手の世界に、そっと橋を架けていくような行為なのだと、わたしは感じている。
もちろん、今でもうまくいかないことはたくさんある。言葉が空回りすることも、思いが届かないこともある。でも、そんなとき「相手のせいだ」とは思わないようにしている。そう思った瞬間、歩みが止まってしまうことを知っているから。
伝わらなかったら、また考える。相手のことを想像する。言葉を選び直す。その繰り返しの中でしか、伝える力は育たないのだろう。
完璧に伝えられる人など、きっといない。けれど、「伝わらない」を相手のせいにしないことで、見える景色は変わってくる。伝えることは、いつだって小さな好奇心から始まっていく。
山田克基(こにー)
PRアドバイザー・コミュニティデザイナー・ワークショップデザイナー
京都を拠点に、企業・自治体・NPO・スタートアップの「きっかけ創り」に伴走しています。
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