刺さるコピーは、削った先にある
言葉は、足すほど伝わると思っていた。
でも、それは思い込みだったのかもしれない。
最初に書くコピーは、たいてい長くなる。伝えたいことが溢れて、あれもこれもと詰め込んでしまう。「この情報も必要だし、このニュアンスも外せない」。そうやって言葉を重ねていくうちに、いちばん届けたかったことが、文章のどこかに埋もれていく。わたしは何度も、その迷子を経験してきた。
本当は、引き算にこそ力がある。
削るのは、正直こわい。情報が足りなくなる気がするし、誤解されるかもしれないと不安になる。でも実際に手を動かしてみると、削るたびに残った言葉が静かに息を吹き返していく。余白ができることで、読む人の目が自然とそこへ向かう。引き算が、いちばん大切なものを浮かび上がらせてくれるのだと、何度も書いては消してを繰り関係り返すうちに、ようやく実感できるようになった。
たとえば、商品のキャッチコピーを考えるとき。最初は機能も、想いも、ターゲットへの配慮も、全部入れようとする。「〇〇で、△△な、□□のための」みたいな、説明的な文章が出来上がる。間違ってはいない。でも、それを読んだ人の心には、なぜかすっと入っていかない。
ある日、思い切って削ってみた。機能の説明を消した。ターゲットの限定も外した。残ったのは、たった一言。「これでいいのかな」と不安だったけれど、その一言を読んだクライアントさんが「これです」と言ってくれた。削った先に、届く言葉があったのだと思う。

削るという作業は、何を捨てるかを決めることではなく、何を残すかを選ぶ時間なのだと思う。「この一言だけで、ちゃんと届くだろうか」。そう問いながら言葉と向き合っていると、ある瞬間、ぴたりとはまる感覚がやってくる。余分なものがぜんぶこぼれ落ちて、芯だけが残った状態。そのとき生まれたコピーには、不思議な強さが宿っている。
とはいえ、削るにはちいさな覚悟がいる。自分が時間をかけて選んだ言葉を、自分の手で消していくわけだから。もったいないと思うこともあるし、未練が残ることもある。でも、その覚悟を重ねた先にしか、本当に届く言葉はないのだと思う。
足し算の安心感に頼りたくなる日もある。でも、そんなときほど、あえて一度立ち止まって削ってみる。すると、自分が本当に伝えたかったことが、ふいに見えてくることがある。
刺さる言葉は、たぶん、最初から存在しているのだと思う。ただ、余分なものに覆われて見えなくなっているだけで。削るという行為は、それを掘り起こす作業に近いのかもしれない。
だから、削ることをこわがらなくていい。
むしろ、削った数だけ、言葉は研がれていく。
山田克基(こにー)
PRアドバイザー・コミュニティデザイナー・ワークショップデザイナー
京都を拠点に、企業・自治体・NPO・スタートアップの「きっかけ創り」に伴走しています。
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