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一行で人を動かせる人は、一万字も書ける

短く書ける人のほうがすごい、というのは思い込みだと思う。
よく言われる。「一行で心をつかめる人は天才だ」と。たしかに、キャッチコピーひとつで人の心を動かす人はかっこいい。でも、わたしはそこに少しだけ異を唱えたい。一行で人を動かせる人は、たいてい百案だって出せるのだ。

むしろ、一案しか出せない人のほうが心配になる。
これは皮肉ではなくて、実感として思うこと。短い言葉で本質をつかむには、その何十倍もの思考が必要になる。何を伝えたいのか。なぜそれが大切なのか。読んだ人の心に、どんな変化を起こしたいのか。そこまで潜って、潜って、ようやく浮かび上がってきたものが、一行になる。
つまり、一行を作る作業は思いつきではない。徹底的な数の積み重ねなのだと思う。

最初はどうしても量が要る。頭の中にあるものを外に出そうとすると、あれもこれもと言葉があふれてくる。大事な要素をこれでもかと出して、それらを繋いだり、解いたりしながら、案を作っていく。余計なものを手放して、最後に残った一滴。それが、人の心に届く一行になる。

たくさんの案を出せること自体が、才能のひとつだと思う。考えていることを言葉にする体力。途中で投げ出さずに最後まで紡ぎきる持久力。そういうものがなければ、選ぶ対象すら生まれてこない。

ときどき、広告や本の帯で一行のコピーを見て、思わず立ち止まることがある。「どうしてこんな言葉が出てくるんだろう」と、不思議に思う。でも、そういう言葉を紡げる人の話を聞くと、たいていその裏側には膨大な草稿がある。何十案も書いて、ボツにして、また書いて。その繰り返しの果てに、たったひとつの言葉が残っている。

わたし自身、文章を書くとき、基本的に長くは書かない。けれど、案だけは百個くらい出すようにしている。大事な要素をこれでもかと出した上で、それらを繋いだり、解いたりしながら、百個くらい作る。そこから段々と生み出していく。整理しすぎない。まとまらなくていい。そうやって広げてから、ゆっくり選んでいく。何度も読み返して、「これは本当に必要だろうか」と問いかける。残ったものだけを、丁寧に並べ直す。

「短く書く」と「深く考える」は、矛盾しない。どちらも、思考の深さから生まれてくる。そして、その深さは案を出し続けることでしか手に入らない。

だから、もし今「短く書けない」と悩んでいる人がいたら、それは順調だと伝えたい。まだ選ぶ前の段階にいるだけ。素材がたくさんあるということは、選ぶ余地があるということ。むしろ贅沢な悩みなのだ。
たくさん出して、選ぶ。選び切ったら、また広げてみる。その往復の中で、言葉は静かに研がれていく。

一行で人を動かせる人は、きっと百案の沈黙を知っている。




山田克基(こにー)
PRアドバイザー・コミュニティデザイナー・ワークショップデザイナー
京都を拠点に、企業・自治体・NPO・スタートアップの「きっかけ創り」に伴走しています。
🔗 燈スタジオ:https://akaristudio.jp

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