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【ホームズ捕物帳】第三十一話:張子の虎の符牒〜 The Sign of the Papier-Mâché Tiger 〜

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ホームズ捕物帳 ~ロンドンの名探偵、江戸に転生して岡っ引きになる

著:コナン・綺堂異流(Conan Kidoyle)


第三十一話:張子の虎の符牒

〜 The Sign of the Papier-Mâché Tiger 〜


【冒頭:ロンドン時代】

一八九三年、三月の終わりのことである。

ベイカー街二百二十一番地Bの居間には、薄曇りの午後の光がガス灯の明かりと混じり合い、どこか判然としない淡い色を壁に塗り広げていた。

シャーロック・ホームズは床に膝をついて、試験管と小瓶を並べ、何やら茶色の粉末を炎で炙る実験の最中であった。私、ジョン・H・ワトソンは、そのいつもながらの光景に慣れきった顔で、ソファに腰かけて夕刊を読んでいた。

「ワトソン」と、ホームズは炎から目を離さずに言った。「君は、人が嘘をつくとき、体のどこに最初にそれが現れると思うかね」

「……顔ではないかな。目、あるいは口の端に」

「それが大方の人間の答えだ。しかし実際には違う。嘘をつくとき、人は無意識に手を動かす。それも、自分が隠したいものから遠ざかる方向へ、だ」

私は夕刊を下ろして彼を見た。「何か事件のことを考えているのか」

「いや」ホームズはピペットの先を静かに傾けた。「何も考えていないときこそ、考えが澄む。これは純粋な化学実験だ。アニリン染料の一種が、ある種の動物性繊維と接触したときに呈色反応を示すかを確かめている。実に面白い」

「ずいぶん漠然とした実験だな」

「全ての発見は、漠然とした好奇心から始まる。ロンドン警視庁の諸君は、それを理解しない。彼らは答えを探してから、問いを立てる。私はその逆だ」

その夜、私たちは依頼人の呼び出しで辻馬車に乗った。霧の深い夜で、馭者台の老人はどうやら馭者見習いに手綱を任せていたらしく、私たちを乗せた馬車はセント・ポール大聖堂の近くで大きく曲がり損ね、荷馬車と衝突した。馬が棹立ちになり、車輪が外れ、私はホームズとともに石畳の上へ投げ出された。

頭を打った。あたりが暗くなった。

そして——気がつくと、私はどこか別の場所にいた。


【本編:江戸での事件】

——和登三太の語り——

目を覚ますと、柔らかい畳の感触があった。

畳(たたみ)というのは、藁を芯にして藺草(いぐさ)を編んだ表を張った床材で、日本の住居では部屋の床一面に敷き詰めて使われる。靴を脱いで生活するこの国では、冬でもひんやりとした石畳でなく、弾力のある緑がかった表面の上で過ごすことになる。ロンドンの木板張りの床とはまるで感触が違って、初めのうちはいつも足が戸惑った。

「起きたか、三太」

聞き慣れた声がした。

見ると、写楽捕霧七(しゃらく ほむしち)が窓枠に片肘をついて、例の鋭い目で外の通りを眺めていた。江戸風の縞柄の着物に、腰には十手(じって)。口には細い煙管(きせる)が挟まっており、先端から細い煙が上がっている。ロンドン時代のパイプと違い、一服ごとに刻み煙草を詰め直す手間が要るのだが、捕霧七はその手間をむしろ楽しんでいるようだった。

「今日は何か事件がありそうか」と私は畳の上で体を起こしながら言った。

「すでにある」と彼は言った。「半刻ほど前から、あの辻番所の前で大工の親方とおぼしき男が同じ場所を三度行き来している。何かを迷っているのだ」

辻番所(つじばんしょ)というのは、江戸の町の辻々——交差点や路地の角——に設けられた小さな番小屋で、町内の自警組織が交代で詰めて、治安を守る役割を果たしている。ロンドンのボビー(巡査)が街を巡回するのに似ているが、こちらは番人が固定した場所に常駐する形だ。

「相談に来るのか」

「来る。三度目に足を止めた。来る」

捕霧七が言い終わると同時に、長屋の外から「ごめんください」という声が聞こえた。


訪ねてきたのは、玉吉(たまきち)という四十がらみの指物師(さしものし)だった。

指物師というのは、釘を使わずに木材を組み合わせる伝統的な家具職人のことで、箪笥(たんす)や文机(ふみづくえ)など、江戸の暮らしに欠かせない木製品を作る。ロンドンの高級家具職人に相当するが、江戸の指物師はもう少し庶民に身近な存在で、長屋の近くにも小さな工房を構えている者が多い。

玉吉は日焼けした顔に困惑の色を浮かべ、私たちの前に座って深々と頭を下げた。

「捕霧七さん、折り入ってお耳に入れたいことがございまして」

「どうぞ。遠慮なく話してください」

捕霧七は煙管の雁首(がんくび)——煙草を詰める椀状の部分——を親指で軽くなぞりながら、静かに聞く姿勢をとった。

玉吉の話はこうだった。

本所(ほんじょ)——隅田川の東、武蔵の国側に広がる町人地の一区域——に、大きな荒物問屋(あらものとんや)を構える「近江屋(おうみや)」という店がある。米や油、薪炭など日用品を扱う卸商で、奉公人も多い繁盛した店だ。

近江屋の主人・徳兵衛(とくべえ)は五年ほど前に亡くなり、今は息子の清太郎(せいたろう)が跡を継いでいる。清太郎はまだ二十五歳で、番頭の藤蔵(とうぞう)という五十がらみの男が実務を取り仕切っていた。

「その藤蔵さんが、三日前に死にました」

「病気か」と捕霧七が訊いた。

「それが……部屋の中で、倒れているところを発見されたのです。戸は内側から閂(かんぬき)がかかっておりました」

「錠前は?」

「閂だけです。でも、部屋には他に人が入れるような場所はございません。窓は格子がはまっておりますし、天井も確かめましたが、どこにも開いたところはなかったと」

私は思わず前のめりになった。密室——ロンドンで何度か遭遇した、あの厄介な謎の形が目の前に立ち現れたのだ。

捕霧七はといえば、むしろ落ち着き払って煙管を一服やった。

「玉吉さん、あなたと近江屋の関係は?」

「手前(てまえ)は、近江屋さんのお得意で、家の修繕仕事などをたまにいただいておりました。内輪のことも、多少は存じております」

「藤蔵の部屋に、張子の虎(はりこのとら)がありましたか」

玉吉は目を丸くした。「……ございました。大きな張子の虎で、番頭さんが長年大切にされておられた」

捕霧七の目が、わずかに光った。

「よろしい。三太、行くぞ」


私は捕霧七に引き立てられるようにして長屋を出た。

本所は、私たちの住む神田から隅田川(すみだがわ)を渡った向こう側になる。隅田川——江戸の東を流れる大きな川——には両国橋(りょうごくばし)という立派な橋が架かっており、これを渡ると本所の町人地へと入る。橋の上には大道芸人や食べ物の売り子が並び、いつも賑やかだった。

「なぜ最初から張子の虎のことを訊いたのだ」と、橋を渡りながら私は捕霧七に尋ねた。

「玉吉が話す前から、藤蔵の部屋に何か特徴的な置物があると見当をつけていた」

「なぜ?」

「玉吉が指物師だからだ。職人の目というものは、物を見る。彼が相談を持ってくる気になったのは、事件の謎そのものではなく、おそらくある特定の物が気になっているからだ。指物師が職業的に気になる物といえば、木工品か漆塗りか、あるいは細工物——張子もその類だ。相談者の職業と問題の性質を掛け合わせると、大方の見当はつく」

「……なるほど」と私は感心した。これがいつものやり方だ。ロンドン時代から変わらぬ、彼の推理の出発点。

「それで、張子の虎が事件と何の関係があるのか」

「それはまだわからん。現場を見ればわかる」


近江屋は本所の横丁を少し入った場所にある、格子戸のしっかりした二階建ての店だった。

店の作りを簡単に説明しておくと、江戸の商家(しょうか)——商人の家——は表が店、奥が住居という造りになっている。ロンドンのショップとは違い、表の間口(まぐち)が広いほど繁盛している証で、それが店の格を示す。近江屋はかなり広い間口を持ち、店先には米俵や油樽(あぶらたる)が積まれ、奉公人たちが忙しそうに動いていた。

玉吉に連れられて奥へ上がると、若主人の清太郎が出てきた。青白い顔の、どこか頼りない印象の青年だった。

「捕霧七さんですか。お越しいただいてありがとうございます」

「藤蔵の部屋を見せていただけますか」

「はい。ただ……お役人様にはすでに、事故だということで……」

「私は役人ではありません。岡っ引きです」と捕霧七は静かに答えた。

岡っ引き(おかっぴき)——正式には御用聞き、あるいは目明かしともいう——というのは、町奉行所の同心(下級役人)に雇われた民間の協力者で、正式な役人ではないが十手を預かって町の治安を補佐する存在だ。ロンドンの私立探偵に最も近いが、権限はもう少し公的で、もう少し曖昧だ。俸給はなく、依頼人からの謝礼で生計を立てる。

「事故と判断されたのは、なぜですか」と私は訊いた。

「戸が内側から閉まっていたので、誰かが入れたはずがないと……」

「藤蔵さんの死因は何と」

「心の臓が止まった、と」

捕霧七はうなずいて、それ以上は聞かなかった。


藤蔵の部屋は店の二階の一角にあった。

六畳——畳六枚分の広さで、ロンドンで言えば小さな寝室程度——の部屋で、押し入れ(おしいれ)と呼ばれる収納スペースが一方の壁にある。閂のかかる引き戸が唯一の出入り口で、窓は格子がはまって外からは手が入らない大きさだった。

部屋の中は簡素だった。文机。行灯(あんどん)——油皿に灯心を浸して明かりをとる照明——。衣類をしまう箪笥。

そして、床の間(とこのま)——和室の壁際に設けられた、飾り物を置く格式ある空間——に、黄色と黒の縞模様を持つ大きな張子の虎が置かれていた。

張子(はりこ)というのは、木型に和紙を何層も貼り付け、乾燥後に型を抜いて作る工芸品で、軽くて丈夫なのが特徴だ。虎は縁起物として商家や武家に好まれ、子供のおもちゃから床の間の飾りまで様々な大きさのものがある。この虎は首の部分が分かれており、錘(おもり)のついた細い竹ひごで胴体と繋がっていた。そのため、指で触れると首がゆらゆらと揺れる仕掛けになっている。

「面白い」と捕霧七はつぶやいた。

彼は膝をついて、虎の首の揺れを指先で確かめ、それから虎を持ち上げ、底を覗き込み、胴体の内側に指を差し入れた。

「三太、行灯を持ってきてくれ」

私は隅に置かれていた行灯を持ち上げて近づいた。蝋燭(ろうそく)と異なり、行灯の光は柔らかく広がって、細部を照らすには少し頼りないが、捕霧七はその光で虎の内部をじっくりと観察した。

やがて彼は立ち上がり、次に部屋の四隅を点検し、押し入れの中を覗き、欄間(らんま)——鴨居(かもい)と天井の間に設けられた明かり取りの開口部——を見上げた。

「欄間の格子、最近修繕されましたか」と、捕霧七は清太郎に訊いた。

清太郎は首を傾けた。「さあ……先月、玉吉さんに頼んで、一部手を入れてもらいましたが」

捕霧七は玉吉を見た。玉吉は少し体をこわばらせた。

「どこを直したのですか」と捕霧七。

「欄間の右端、一本だけ格子が緩んでいたもので……」

「なるほど」


その夜、私たちは長屋に戻って話し合った。

「どういうことだ」と私は訊いた。「錠はかかっていた。欄間の格子も、外からは人が通れる大きさではない。どこから犯人は入り、そして出たのだ」

「入っていない」と捕霧七は言った。

「では……事故か」

「そうでもない」捕霧七は煙管に刻み煙草を詰めながら、静かに言った。「毒だ」

「毒? しかし戸は内側から……」

「毒は人が運ばなくても投与できる。正確に言えば、人が部屋の中に入らなくても、毒は入ることができる」

私はしばらく考えた。

「張子の虎か」

捕霧七は満足そうに、しかし顔に笑みは浮かべず、煙管を口に運んだ。

「藤蔵は几帳面な男だったと聞いている。床の間の飾りは毎夜必ず整え、虎の首が傾いていると必ず直したそうだ。虎を手に取り、首のあたりに触れる。その際、指を——あるいは鼻先を——内部に近づける。張子の内側に仕込まれた毒が、何らかの形で吸い込まれるか、皮膚から入るかした。私が見たところ、虎の胴体の内側に、かすかに白い粉の痕跡があった。石灰の類ではない。もっと細かい」

「ヒ素か」と私は医者の本能で言った。

「あるいはそれに近い砒(ひ)系統の白い粉末だろう。江戸でも、鼠除けや染料の固定に使われる薬物の中に、大量摂取あるいは吸引で人を殺せるものがある。藤蔵は毎晩その虎に触れることで、少しずつ弱っていったかもしれない。あるいは——最後の夜、より多量のものが仕込まれていた」

私は背筋が冷えた。

「誰が仕込んだのだ」

「それをこれから調べる」


翌日、捕霧七は私を連れて、近江屋の奉公人たちを一人ずつ話した。

江戸の商家の奉公人というのは、丁稚(でっち)と呼ばれる少年の見習いから始まって、手代(てだい)、番頭(ばんとう)と階段を上っていく仕組みで、長年の奉公が実を結べば、独立して商いを持てることもある。この仕組みはロンドンの商社の見習い制度に似ているが、より家族的で、より閉鎖的だ。奉公人は住み込みで働き、主人の家の者と日常を共にする。

手代の中に、宇助(うすけ)という二十八歳の男がいた。

宇助は藤蔵が十二年前に近江屋に連れてきた男で、藤蔵の遠縁にあたるという。顔の左側に小さな古傷があり、目つきがわずかに鋭すぎる印象を与えた。

捕霧七は宇助に、何でもない質問をいくつか混ぜながら、核心を探っていった。

「藤蔵さんとは仲が良かったですか」

「はい。親の代わりのような方でした」

「藤蔵さんの部屋へはよく出入りしていましたか」

「毎日、帳簿の確認でお邪魔しておりました」

「张子の虎——あの飾りを触ったことは?」

宇助の右手が、ほんのわずかに動いた。膝の上から、離れる方向へ。

捕霧七を見ると、彼の目が一瞬光ったのがわかった。

「いいえ」と宇助は答えた。「番頭さんの大切なものですから、触ったことはございません」

「そうですか。ありがとうございます」


奉公人たちとの話が終わった後、捕霧七は私を人気のない庭先に連れ出した。

「宇助だ」と、彼はさっぱりと言った。

「根拠は」

「三つある。一つ、宇助は藤蔵の遠縁だと言ったが、藤蔵には身寄りがないと清太郎は言っていた。嘘だ。二つ、宇助の指先に、白い粉のようなものが爪の際にわずかに残っていた。白粉(おしろい)ではない。ものを扱う職人の手ではなく、化学的な粉末を扱う者の手だ。三つ——最も重要なことだが——玉吉の欄間修繕の話だ」

「欄間と何の関係が」

「欄間の格子を修繕した際、玉吉は一時的に格子の一本を外した。その間、藤蔵の部屋の欄間には人が通れる隙間ができた。短い時間でも、誰かが隣の部屋から細い棒を使って、虎の内部に何かを仕込むことはできる。玉吉は善意で格子を直したに過ぎないが、それを利用した者がいた」

「宇助が、その隙間を使って……」

「使ったと断言はできない。だが、その時間帯に宇助だけが理由なく二階を出入りしていたと、丁稚の一人が話していた」

「なぜ藤蔵を殺したのだ」

捕霧七はしばらく黙って、薄い秋空を見上げた。

「それが、最も大事な問いだ。三太、今夜、もう一度近江屋の帳簿を見せてもらいに行く。清太郎の許しを取ってくれ」


近江屋の帳簿——売上と仕入れを記録した会計帳——を二刻(ふたとき、約四時間)かけて検討した捕霧七は、やがて一ヶ所を指で示した。

「ここ。三年前から、仕入れの項目に小さな不正がある。米の取引量が、出入りの問屋の控えと一致していない。差額は少額ずつだが、三年間積み重なれば相当な額になる。これは藤蔵の独断では動かせない規模で——宇助が関与していなければ成立しない」

「つまり、宇助と藤蔵が組んで横領していたのか」

「おそらく最初はそうだった。だが藤蔵が——老齢になったのか、あるいは良心の呵責か——不正をやめようとした。あるいは宇助が取り分をもっと欲しがった。どちらにせよ、二人の間に亀裂が生じ、宇助は藤蔵を消すことにした」

「しかし、なぜ毒を張子の虎に仕込む、などという手の込んだ方法を」

「時間をかけて死なせることで、病死に見せかけるためだ。閉じた部屋での突然死では疑われる。しかし長期間の衰弱の末の心の臓の停止ならば——江戸の検死では、薬物の痕跡を見つけることは難しい」

私は医師として、その冷酷な計算の精密さにぞっとした。


その翌日の朝、捕霧七は担当の同心(どうしん)——南町奉行所(みなみまちぶぎょうしょ)の役人——を呼び寄せ、一部始終を告げた。

同心というのは、町奉行所の下級役人で、実際の捜査や取り調べを担当する者だ。俸給は安く、岡っ引きを使って情報を集めながら事件を処理する。ロンドンで言えばスコットランド・ヤードの下級刑事に相当するが、もっと権限が集中しており、自ら判決を下す場面もある。

同心が宇助を呼んで問い質すと、帳簿の不審点と張子の虎の内部の白粉を突きつけられた宇助は、最初は否定したが、やがて観念した。宇助が藤蔵の部屋の欄間越しに粉末を仕込んだ手順は、後に玉吉の修繕した格子の跡の検分と、近隣の薬種屋(やくしゅや)——漢方薬や薬草を扱う店——への聞き込みによって、ほぼ全貌が明らかになった。

宇助が使ったのは、砒石(ひせき)を細かく砕いた粉末だった。砒石というのは、ヒ素を含む鉱物で、古くから鼠除けや顔料の原料として流通しており、江戸でも薬種屋で入手できた。ごく少量を長期間にわたって吸い込ませることで、人をゆっくりと衰弱させる——これはロンドンでも知られた毒殺の手口だったが、江戸の検死がそこまで精密でないことを宇助は見越していた。

「うまい方法だと思った」と宇助は白状した。「張子の虎の首がゆれるたび、中の粉が舞い上がる。番頭さんは毎晩それに触る。誰も気づかない」

「一つ見誤った」と捕霧七は静かに言った。「指物師(さしものし)の目だ。玉吉さんは格子を直した際に、欄間に微細な傷があることに気づいていた。何かが差し込まれた痕跡だ。彼はすぐには意味がわからなかった。しかし藤蔵が死んだと聞いて、引っかかりを覚えた。職人の勘というものは、時に名探偵より先に真実に触れる」


事件が解決した日の夕暮れ、私と捕霧七は隅田川の堤に立って、川面を眺めた。

隅田川の秋は、ロンドンのテムズとはまるで違う色をしていた。テムズは灰色がかった緑で、工場の煙が霞んで川に映る。こちらの川は、傾いた夕日を受けて金と橙色に染まり、荷を積んだ平底船(ひらぞこぶね)がゆったりと行き交っていた。

「捕霧七さん」と私は言った。「張子の虎から最初に毒を連想したのは、どうしてなのだ」

「玉吉が指物師だという話を聞いた瞬間から、彼が何か細工物の異変に気づいていると踏んでいた。そして欄間の修繕の話が出た。欄間と密室と細工物——この三つが頭の中で一本の線で繋がった」

「しかし、毒が仕込まれていると断言できたのは、張子の内部を見てからか」

「そうだ。内側の白い粉の痕跡だ。あれを見た瞬間、すべては確定した」

私は川風に吹かれながら、考えた。

「それにしても、巧妙な仕組みだった。首を振る虎——ただの愛らしい縁起物の中に、死を仕込むとは」

「物の見かけと中身は違う、ということだ」と捕霧七は言った。「張子の虎はそもそも、見た目は勇ましい虎でも、中身は紙一枚だ。人もそれに似たところがある——立派に見えていながら、中に何を抱えているかは、外からはわからない」

川面を荷船が一艘、静かに通り過ぎた。船頭の棹さばきが夕光に光り、やがて遠くなった。

「玉吉さんは、正直に話してくれてよかった」と私は言った。

「職人は物に正直だ。物が嘘をつかないのと同じように、物を作る者は嘘をつきにくい。それが彼の徳だった」

夕暮れの鐘が、どこかの寺から鳴り始めた。

江戸では、時刻を鐘で知らせる。早朝から深夜まで、寺々が交互に鐘を撞いて、町の人々はその音で一日の流れを掴む。ロンドンのビッグ・ベンの時計のように正確ではないが、その代わり、もっと人間的な温かみのある時の流れだと、私はいつも感じていた。


【結末:ロンドン時代】

気がつくと、私はベイカー街の居間にいた。

暖炉の炎が、いつものように赤く揺れていた。テーブルの上には試験管と小瓶が並んでいた。ホームズは実験を途中で止めたまま、肘掛け椅子に沈んで、細い煙をたなびかせるパイプを口に咥えていた。

「ホームズ」と私は言った。「また妙な夢を見た」

「江戸の夢かね」とホームズは言った。目は閉じていた。

「そうだ。張子の虎の話だった。密室の毒殺だ。ずいぶん巧妙な話だった」

「張子の虎か」ホームズはゆっくりと目を開けた。「面白い。外からは勇ましい虎の顔をしているが、中身は紙だ。その虚勢の空虚な内部に死を仕込む——人間の欲望の残酷さにしては、まあ詩的な表現だな」

「君も夢を見たのか」

「見た。しかし夢か転生か、相変わらず判断がつかない」ホームズはパイプを指に挟んで私を見た。「ワトソン、毒について一つ訊こう。砒素が長期間少量投与された場合、一般的な検死ではどこまで検出できると思うかね」

「十九世紀の今の技術では、まず無理だ。マーシュ試験のような手法が確立されつつあるが、田舎の検死医では知らない者も多い」

「江戸の時代ならなおさらだ」ホームズはうなずいた。「人が人を欺く方法というのは、時代と土地を問わず、その場所の盲点を利用する。江戸の盲点は検死の未発達。ロンドンの盲点は……」

「何だ」

「人々が、複雑な説明より単純な説明を好むことだ」ホームズはパイプの煙を吐いた。「事故。病死。自然死。そう言われれば、安心する。疑い始めると、際限がなくなるから。だからこそ、疑うことを職業とする者が必要だ」

窓の外に、三月の霧が漂っていた。テムズ河の向こうで、夜の帳が下りてくるところだった。

ホームズは実験台に戻り、試験管を手に取った。そしてふと、手を止めた。

「ワトソン、張子の虎の首はなぜ揺れると思うかね」

「錘がついた細い仕掛けがあるからだ。揺れるように作られているのだ」

「そうだ」とホームズは言った。「揺れるように作られているから揺れる。見かけ上は生きているように見えるが、動かしているのは内側の仕掛けだ。人間も、時にそれに似ている——外からは勇ましく見えても、内側の欲という錘に引っ張られて、揺れている」

私は黙って暖炉の炎を見つめた。

炎はゆらゆらと揺れていた。それもまた、何かに引っ張られているかのように。


本作は、アーサー・コナン・ドイル著『シャーロック・ホームズの冒険』および
岡本綺堂著『半七捕物帳』への敬意と感謝を込めて執筆しています。


著:コナン・綺堂異流(Conan Kidoyle)

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