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【ホームズ捕物帳】第三十九話:二人の子供の冒険〜 The Adventure of the Two Young Souls 〜

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ホームズ捕物帳 ~ロンドンの名探偵、江戸に転生して岡っ引きになる

著:コナン・綺堂異流(Conan Kidoyle)


第三十九話:二人の子供の冒険

〜 The Adventure of the Two Young Souls 〜


【冒頭:ロンドン時代】

一八九四年、春の終わりのことである。

ベイカー街の居間には、珍しく陽光が差し込んでいた。ロンドンの春はいつも気まぐれで、今日のように晴れ渡る日は一年のうちに数えるほどしかない。ホームズはその陽光を背にして、実験台の前に立ち、何やら透明な液体を試験管に移していた。

「ワトソン」と彼は言った。「砒素というものは、なぜ検出が難しいと思うかね」

「体内に残留する量が少ないからだ」と私は医師の立場から答えた。「また症状が、多くの消化器系の疾患と酷似している」

「その通り」ホームズは試験管を光にかざした。「だから昔から、砒素は女の毒と呼ばれてきた。静かに、ゆっくりと、そして誰にも気づかれずに効く。逆に言えば——」

「見破られにくい」

「そして長い時間をかけて計画できる」ホームズはそこで試験管を置いた。「ワトソン、子どもに毒を盛るとしたら、どんな動機が考えられるかね」

私は眉をひそめた。「不愉快な問いだな。医師として言えば……遺産。あるいは、子どもの存在が邪魔になる大人の事情」

「うむ」ホームズは珍しく沈んだ声で言った。「子どもは最も無防備な被害者だ。悪意に対して、何の抵抗もできない」

そのとき、窓の外で馬車の通りすがりの拍子に、石畳の突起に車輪が引っかかった。御者が急に馭けを引き戻そうとした弾みで、馬車が激しく揺れ、あろうことかホームズが寄りかかっていた実験台が倒れ、試験管の棚が崩れ落ちた。どんな化学物質が混じり合ったのか、一瞬ののちに白い煙が室内に充満した。

私は咳き込みながら立ち上がろうとした。ホームズも何かを叫んだような気がした。

そして——


【本編:江戸での事件】

——和登三太の語り——

気がつくと、私は見知らぬ路地の真ん中に立っていた。

どこかの子どもが遠くで泣いていた。その声が、現実に引き戻す錨になった。目の前には木の格子戸、その向こうに暗い路地。天から降ってくる光は、ロンドンの春のものより柔らかく、湿り気を帯びていた。

「三太」

傍らに捕霧七がいた。煙管を右手に持ち、すでにいつもの着物姿で、私を見下ろしていた。

「どうやらまた江戸に来たらしい」と彼は言った。「今度は長屋の裏手だ。先回りしてくれた」

こうして私たちは、また江戸に転生したのである。


今回私たちが舞い戻ったのは、安政二年(一八五五年)の初夏——ロンドンで言えば、ちょうど梅雨入りの直前にあたる蒸し暑い季節のことだった。

江戸の夏というものは、ロンドンの夏と全く異なる体感がある。ロンドンの夏は冷涼で、曇天の中に時おり陽光が射す、どこか控えめな季節だ。しかし江戸の夏は、すべてが押しつけがましい。湿気が、熱が、蚊が、そして蝉の鳴き声が、容赦なく肌に貼りつく。着物という衣服——腰に帯を締めた一枚仕立ての衣——は、ロンドンのスーツと比べれば通気性があるように見えるが、実際には汗を存分に吸って、重くなる一方である。

「三太、歩け」

捕霧七が先を歩いていた。腰には例の十手——岡っ引きの証である鉄製の警棒で、一本の鉤が横に突き出た形——を差し、目だけが、まるで鷹のようにせわしなく動いている。

「どこへ行くのだ」

「相談がある。聞きながら歩いてくれ」


その日の朝のこと、近所の薬種問屋の手代が捕霧七を訪ねてきたのだという。

薬種問屋とは、薬草や漢方薬を扱う商家のことである。ロンドンで言えば薬剤師の店に相当するが、江戸においては医師と薬師の役割分担が曖昧で、薬種問屋の主人が症状を聞いて薬を売ることも珍しくなかった。

手代の話はこうだった——。

深川(ふかがわ)の材木問屋、梅屋(うめや)の六代目由留木(ゆるぎ)宗兵衛という人物の息子が三日前に急死した。十二歳の男の子で、由蔵(ゆぞう)という名だった。急に腹が痛いと言い出し、翌日には熱が出て、三日目の夜中に息絶えた。医者は「食あたり」と言った。

「それだけなら、まあよくある話だが」と、捕霧七は私に言いながら歩いた。「問題は、その翌々日に、別の子どもが死んだことだ」

「別の子?」

「由蔵の従妹(いとこ)で、お咲(さき)という十歳の女の子だ。由蔵と同じ症状で、同じように三日で死んだ。こちらの医者も食あたりと言った」

私は立ち止まった。

医師としての本能が、激しく反応した。

「二人の子が、同じ症状で、短期間に……」

「気になるか」

「気になる以上だ。食あたりが、同一家族の間で連続して起きることはある。しかし——腹痛から発熱、そして死亡まで三日、しかも二例連続となれば——」

「ロンドンの医者なら、何と言う?」

「砒素中毒の初期症状と酷似している」と私は低く言った。

捕霧七は煙管を一吹きして、煙を空に向けた。

「同じ結論に達したか」と、彼は静かに言った。


深川は、江戸の中でも川と倉庫の町である。

江戸の物資の多くは水路で運ばれた。ロンドンのテムズ川がロンドンの動脈であるように、隅田川(すみだがわ)とその支流である大川(おおかわ)が江戸の血管であった。材木問屋は川沿いに立ち並び、大きな筏(いかだ)が川を下って来ては岸に上げられ、そこから江戸の町の家々の建材となった。

梅屋は、その深川で三代にわたって材木を扱ってきた老舗(しにせ)だった。

私と捕霧七が梅屋の門前に立ったのは昼過ぎのことで、暑い陽光が白い土蔵の壁に反射して、目が眩しいほどだった。

「捕霧七さんのおいでを待っておりました」と、出迎えた番頭の老人が言った。「旦那様も、奥様も、もうすっかり——」

「まず家の中を見せてもらいたい」と捕霧七は言った。挨拶よりも観察を優先するのは、ロンドン時代のホームズと変わらぬ癖だ。


梅屋の家の中は、二人の子どもを失った喪に包まれていた。

江戸では、人が亡くなると白の布が敷かれ、位牌が祀られる。線香の煙が漂い、近所の人々が弔いに訪れる。ロンドンの葬儀文化とは形が異なるが、悲しみというものには、どこの国の形もない。

宗兵衛——梅屋の主人——は六十がらみの小柄な男で、二人の死を受けてすっかり老けこんでいた。妻のお勝(かつ)は五十前後で、顔色がひどく悪かった。

捕霧七は座敷に上がり込むと、すぐに二人が使っていた部屋を見せてほしいと言った。それから台所、それから井戸端、それから物置と、家の隅々を検分した。

私は医師として、宗兵衛夫妻から二人の子の症状を詳しく聞き取った。

「由蔵はどんなものを食べていたか」

「いつもと変わらぬ食事で……ただ、死ぬ少し前から、甘いものが好きで。おてて(お手伝い)がよく、黒糖の飴を与えておりました」

「飴?」と私は反応した。「お咲もか」

「ええ、由蔵がお咲に分けてやって……二人ともあの飴が好きで——」

奥から、捕霧七の声がした。「三太、来てくれ」


物置の隅で、捕霧七は小さな紙袋を手に持っていた。

「飴の袋だ」と彼は言った。「台所の棚の一番奥に置いてあった。残り物が入っている。匂いを嗅いでみろ」

私は袋に顔を近づけた。

黒糖の甘い匂いの下に、かすかに何か——。

「金属的な刺激がある」と私は言った。

「私も同じものを感じた」捕霧七は袋を丁寧に懐紙に包んだ。「江戸には『マーシュの試験』がない。しかしこれを調べれば——」

ロンドンにいたころ、ホームズは砒素の検出に「マーシュ試験法(Marsh test)」という化学分析を用いることがあった——亜鉛と硫酸を反応させて水素を発生させ、試料中の砒素を検出する方法だ。しかし江戸には、そのような西洋化学は存在しない。

「江戸でも、砒素を確かめる方法はあるか」と私は聞いた。

「ある」捕霧七は穏やかに答えた。「銀針(ぎんしん)だ。砒素の存在を確認する伝統的な方法で、銀の針を入れると、色が変わる。完全ではないが、手がかりにはなる」

江戸時代の毒物検知は、現代の化学分析とは比べるべくもなく原始的なものだった。しかし当時の人々はそれなりの智恵を持っており、銀器が砒素に反応して黒ずむことは経験的に知られていた。捕霧七は近所の銀細工師から銀針を借り、袋の中の飴を水に溶いて試してみた。

針はゆっくりと、しかし確かに、黒く変色した。

「やはり」と彼は言った。


では、誰が——なぜ——子どもたちに毒を盛ったのか。

捕霧七はその日の午後、梅屋の家族構成を丁寧に整理した。

梅屋の宗兵衛には、先妻との間に由蔵という息子がいた。宗兵衛は十年前に先妻を亡くし、五年前に後妻のお勝を迎えた。お勝は後家(ごけ)——夫に先立たれた女性——で、お咲という娘を連れての再婚だった。

つまり、由蔵は宗兵衛の実の子で、お咲はお勝の連れ子だった。

「梅屋の財産はどうなる」と捕霧七は番頭に聞いた。

「由蔵様がご存命であれば……すべて由蔵様に。しかし今となっては、それが難しゅうなりまして——」

「お勝のお咲が相続の候補になるか」

「それはまあ……先代の遠縁の方々も名乗りを上げておられまして」

捕霧七は目を細めた。

「由蔵が死ねば、お咲が相続に近づく。しかしお咲も死んだ。ならば最も利益を得るのは——誰だ」

私は考えた。由蔵が死ねばお勝の連れ子のお咲が浮上する。しかしその両方が死んでしまえば、遺産は別の方向へ流れる。

「宗兵衛の遠縁……」と私は言いかけた。

「そして」と捕霧七は続けた。「もうひとつの可能性がある。お勝自身が、由蔵の財産を奪おうとして由蔵に毒を盛り、しかしなにかの手違いでお咲にも飴が渡ってしまった——」

沈黙が落ちた。

「それとも——」捕霧七は視線を、遠くの何かに据えた。「お勝を陥れようとした者が、両方に毒を盛った」


捕霧七は翌朝、私を連れてある人物を訪ねた。

梅屋の番頭が教えてくれた人物——宗兵衛の甥で、梅屋の遠縁にあたる梅田屋(うめたや)文之助という男だ。深川から少し離れた本所(ほんじょ)に小さな両替屋を営んでいた。

両替屋というのは、文字通り貨幣を交換する商売である。江戸の貨幣制度は複雑で、金貨(両・分・朱)と銀貨(丁銀・豆板銀)と銅貨(寛永通宝)が同時に流通しており、その換算比率が日々変動した。ロンドンの両替商とほぼ同じ役割だが、江戸の場合は武士から町人まで誰もが利用する日常的な金融機関だった。

文之助は四十がらみの、どこか油っぽい目をした男だった。

捕霧七が座ると、すぐに切り出した。

「梅屋の由蔵と、お咲の死についてお聞きしたい」

文之助は表情を動かさなかった。しかしその目が、ほんの一瞬だけ動いた。

「気の毒なことで」と彼は言った。「二人とも可愛い子でした」

「二人が亡くなった場合、梅屋の財産はどうなるかご存知ですか」

「それは……宗兵衛叔父の一存で——」

「遺言はありますか」

「そこまでは……」

捕霧七は煙管を一吹きして、じっと文之助を見た。ロンドン時代のホームズが、依頼人の嘘を見破るときの目と、まったく同じ目だった。

「文之助さん」と彼は静かに言った。「あなたは梅屋の遠縁として、財産の一部が自分に来ることを期待していましたね。しかし宗兵衛が後妻を迎えてお咲が入ってきたことで、その見込みが薄くなった。由蔵が死ねばお咲が、お咲も死ねばあなたが——そういう順番になる」

「何を——」文之助の顔色が変わった。

「飴を用意したのは誰ですか」

短い沈黙。

「お手伝いの、おてての仕業でしょう」と文之助は言った。「あの女が菓子屋で買ってきたと聞きました。妙な女で……」

捕霧七はそれ以上何も言わなかった。立ち上がり、私に目で合図した。


「あのおてて、という女を探せ」と、外に出てから捕霧七は言った。

梅屋に戻って番頭に聞くと、おてては三ヶ月前に梅屋に奉公に入った女で、おえいという名だった。出身は本所だという。

「本所」と私は言った。「文之助と同じ土地だ」

「そうだ」

おえいを探し出すのに、半日かかった。彼女はすでに梅屋を辞め、小さな長屋に戻っていた。捕霧七が十手を見せると、おえいは泣き崩れた。

話を聞くと、おえいは文之助の幼馴染みで、かつて深い仲にあった女だった。文之助から「由蔵に飴を渡してくれ、特別な薬を少し混ぜてある、あの子の体を強くするためだ」と言われ、何も疑わずに飴を子どもたちに配ったのだという。

お咲に渡したのは、由蔵がおえいの目の前で「お咲にもやる」と言って分けてしまったからで、おえいは止めようとしたが間に合わなかった。

「私は、殺そうとしていたなんて——知らなかった。知っていれば——」

おえいは泣きながら言った。

その声には、偽りの色がなかった。


文之助はその後、北町奉行所の同心(どうしん)——下級の捜査役人——に引き渡された。

江戸の捜査体制は、ロンドン警察のそれとは大きく異なる。町奉行所には与力(よりき)という中間管理者と、その下に同心という実働部隊がいた。同心は実際に現場を走り回り、容疑者を取り調べる。私たちのような岡っ引きは、同心の補助者として十手を預かっているに過ぎず、最終的な逮捕権や裁判への上申権は同心が持つ。ロンドンで言えば、ホームズとレストレード警部の関係に、よく似ている——ただし、私たちの方がはるかに俸給が低い。

文之助は最初、無実を主張した。しかし捕霧七が一つ一つ証拠を積み上げていくと、観念した。動機は私たちの読み通りだった。由蔵さえいなくなれば、お咲を通じて宗兵衛の財産に近づけると考えた。しかしお咲まで死んでしまったのは計算外で、そこからは深みにはまるだけだった。

「子どもというものは」と、捕霧七は事件の後、私に言った。「何も知らないまま、大人の欲望の道具にされる。それが最も許しがたいことだ」

「ホームズ——いや、捕霧七さん」と私は言った。「あなたがロンドンでそう言っていたな。砒素の話をしながら」

彼はわずかに驚いた顔をした。それからゆっくりうなずいた。

「覚えているか」

「忘れるはずがない。あなたはいつでも、どこでも、同じことを考えている。子どもを守ること。それが——」

「われわれの仕事の、根にあるものだ」と彼は静かに言った。

その夜、深川の川べりで、私たちは二人で川面を眺めた。

江戸の夏の夜は、虫の声に満ちていた。遠くで蛙が鳴き、どこかの縁日の音曲が風に乗って聞こえてくる。隅田川の水面には、星が映っていた。

ロンドンのテムズ河にも星は映る。しかし江戸の夜空は、どこかより広く、より暗く、より深い。煤煙のないぶん、星が多い。

「子どもは」と捕霧七が言った。「星を見るのが好きだ。由蔵もお咲も、きっとそうだったろう」

私は答えなかった。ただ、川の音を聞いた。


【結末:ロンドン時代】

目が覚めると、私はベイカー街の床に倒れていた。

実験台は倒れたままで、白煙はすでに散っていた。窓から五月の陽光が差し込んでいて、馬車の音が外から聞こえた。

「ワトソン」ホームズが私の傍らにしゃがんで、顔を覗き込んでいた。「気を失っていた。私もだ。有毒ガスが発生したらしい。全く、うかつだった」

「何分経った」

「十五分か、二十分か」ホームズは立ち上がり、窓を大きく開けた。「しかし奇妙な夢を見た。江戸の夢だ」

「私もだ」と私は言った。「子どもが二人——」

「毒殺された」ホームズは短く言った。「砒素だった。遺産争いが背景にあった」

私たちは互いを見た。

「また同じ夢を見たのか」

「夢かどうか、私には確信がない」ホームズはそう言って、倒れた実験台を起こし始めた。「しかしワトソン、ひとつ確かなことがある」

「何だ」

「砒素は無味無臭に近い。だから甘い菓子に混ぜることができる。そして子どもは——」ホームズは手を止めた。「疑うことを知らない。大人を信じる。その信頼を裏切ることが、最も卑劣な犯罪だ」

窓の外に、ロンドンの五月の陽光が広がっていた。

ホームズはしばらく窓の外を見ていた。それから振り向いて、ごく静かに言った。

「ワトソン、今日は実験はやめにしよう。散歩に行かないか。公園に子どもが遊んでいる声を聞くと——何か、安心するんだ」

私は少し驚いた。ホームズがそんなことを言うとは、珍しかった。

「行こう」と私は言った。

私たちはコートを羽織り、ベイカー街を歩き出した。五月の風の中に、どこかの庭の花の匂いがした。


本作は、アーサー・コナン・ドイル著『シャーロック・ホームズの冒険』および
岡本綺堂著『半七捕物帳』への敬意と感謝を込めて執筆しています。


著:コナン・綺堂異流(Conan Kidoyle)

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