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【ホームズ捕物帳】第三十話:抹殺の符牒〜 The Sign of the Vanishing 〜

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ホームズ捕物帳 ~ロンドンの名探偵、江戸に転生して岡っ引きになる

著:コナン・綺堂異流(Conan Kidoyle)


第三十話:抹殺の符牒

〜 The Sign of the Vanishing 〜


【冒頭:ロンドン時代】

一八九三年の二月のことである。

ベイカー街の居間に、珍しく化学の実験道具が一切片付けられ、代わりにホームズが安楽椅子の上で膝を抱えて丸まっていた。まるで大きな灰色の芋虫のような格好で、彼は天井を見つめたまま、何時間も動かなかった。

私、ジョン・H・ワトソンは、新聞を広げながら、この奇妙な沈黙に慣れるよう努めていた。

「ワトソン」と、ホームズは突然言った。「人間が消える、という犯罪について、考えたことがあるかね」

「人間が……消える?」

「死ぬのではない。消えるのだ。かつて存在した証拠のすべてを消して、別の人間として再出発する。本人の意思でやることもあるし、他者によって強制されることもある。どちらにせよ、それは殺人よりも精巧な犯罪だと私は思う。なぜなら被害者本人が『被害を訴える手段』ごと、消されてしまうのだから」

暖炉の火が静かに揺れた。

「それは実際に、誰かに起こっていることかね」と私は訊いた。

「今のところは思考の実験だ」ホームズは天井から目を離さなかった。「しかし、ロンドンにもそういう業者がいる。ある種の人々を——名前ごと、過去ごと——別の場所に移す。需要があるところに、必ず供給が生まれる」

「それは……合法ではないな」

「当然だ。だが非常に難しいのは、誰が被害者で誰が依頼人なのかを判断することだ。あるいは、消えることを望んでいた人間が、消されることを恐れ始めたとき——」

ホームズがそこまで言ったとき、窓の外で激しい物音がした。

馬車の車輪が石畳を滑ったのか、あるいは馬が何かに驚いたのか——気がついたときには、私たちは二階の窓から通りへ投げ出されていた。下の冷たい敷石が迫ってくるのを、私はひどく明晰な意識で認識した。

そして——気がつくと、私はまるで別の場所にいた。


【本編:江戸での事件】

——和登三太の語り——

三月の末の、まだ肌寒さの残る朝のことであった。

私、和登三太が長屋の縁側で白湯(さゆ)を啜っていると、写楽捕霧七が突然すっくと立ち上がり、「三太、今日は出かけるぞ」と言った。

「どこへ」

「神田の方に、ちと訊いてみたいことがある」

捕霧七は着物の腰に十手(じって)を差し、煙管(きせる)を懐に収めながら、すでに草履を履いていた。

ここで少し、この「十手」というものについて説明しておきたい。

十手とは、鉄で作られた一尺(約三十センチ)ほどの棒に、鍵の手状の小さな鉤(かぎ)が一つ横に付いた、江戸の治安維持を担う者たちの道具である。ロンドン警察の警棒に似ているが、もっと細く精巧で、刀の刃を受け流すための設計になっている。これを「預かる」ことで、私たちのような岡っ引(おかっぴき)——民間の捜査協力者——は、町人を取り調べる権限を得る。

岡っ引というのは、ロンドンで言えば非公式の私立探偵に近い。町奉行所(まちぶぎょうしょ)——スコットランド・ヤードに相当する幕府の捜査機関——の同心(どうしん)や与力(よりき)という役人から十手を預けられ、彼らを補佐して事件を解決する。報酬は固定の俸給ではなく、解決した事件の謝礼、あるいは贔屓の商人からの心付けで賄う。まことに不安定な稼業であるが、捕霧七はこの仕事を、ロンドン時代の探偵業と本質的に変わらないと言って憚らない。

「さて、三太」と捕霧七は歩きながら言った。「江戸には『抹殺(まっさつ)』という言葉がある」

「消し去る、という意味ではないか」

「そうだ。だが江戸の裏の世界では、もう少し具体的な意味を持つ。人間を——名前ごと、素性ごと——別の人間に仕立て直す。あるいは、ある人物がこの世に存在したという記録を、丸ごと消してしまう。それを商売にしている者がいる」

私は思わず足を止めた。

ロンドンの居間で、ホームズが言っていたことと、寸分も違わぬ話ではないか。


事の起こりは、二日前のことだった。

私のところへ、加賀屋(かがや)という両替商(りょうがえしょう)の番頭が訪ねてきた。両替商というのは、江戸の金融業の要を担う存在で、ロンドンの銀行に近いが、それよりもはるかに多くの情報が集まる。寛永通宝(かんえいつうほう)という銅銭から、一分銀(いちぶぎん)、一朱金(いっしゅきん)、そして一両金(いちりょうきん)まで、様々な貨幣の両替を仲介する彼らの元には、この町の金の流れが自然と集まってくるのだ。

「捕霧七さんにお耳に入れたいことがございまして」と、番頭の忠兵衛(ちゅうべえ)は言った。五十がらみの、目の細い慎重そうな男で、何かを言うたびに首を縮める癖があった。「うちで長年奉公しておりました手代の惣次郎(そうじろう)のことでございますが……その者が、ある夜突然、姿を消しました」

「いなくなった、ということか」

「ただいなくなっただけなら、まあ、若い者にはよくあることでございます。ところが——その者が消えた翌日、うちの帳場(ちょうば)から、まとまった金が失くなっておりまして」

私は捕霧七を見た。捕霧七は煙管をくるくると回しながら、目を細めていた。

「盗んで逃げた、とお思いか」と彼は言った。

「それが……そう思いたいのでございますが、惣次郎という男は、十二年もうちで真面目に働いた者でございます。なにかわけがあって、誰かに——脅されるなり、騙されるなりして——消えざるを得なかったのではないかと……」

「惣次郎には、心当たりのある女がいたか」

忠兵衛は少し驚いた顔をして、それから観念したように頷いた。

「……半年ほど前から、深川(ふかがわ)の料理茶屋の芸者と、深い仲になっておりました。お葉(おは)という女で、三十になったかならないかの……なかなかの器量よしでございます」

「身請け(みうけ)の話は出ていたか」

「出ておりました。惣次郎はどうにかしてその女を身請けしようと、随分と無理をしていたようで……」

捕霧七の目が、静かに光った。


ここで少し、「身請け」というものについて説明しておきたい。

江戸の芸者や遊女は、料理茶屋や置屋(おきや)と呼ばれる業者との契約で働いていた。彼女たちは概して自由に辞めることができない。「身請け」とは、その契約を金銭で解除して、女を自由の身にしてやることを言う。つまりロンドンで言えば、年季奉公の契約を買い取ることに近い。金額はその女の人気や年季の残り具合によって大きく変わり、十両から百両——あるいはそれ以上——に及ぶことも珍しくない。

一両とはどのくらいの金か。江戸の職人や商家の奉公人が一年働いて得る給金が、おおよそ三両から五両であるから、十両というのはほぼ三年分の収入に相当する。手代の惣次郎が、それだけの金を用意しようとして無理をしていたとすれば——帳場から金が消えたことも、あるいは頷ける話であった。

「ただ」と忠兵衛は言った。「惣次郎のことを調べるより、まず——お葉のことを調べていただきたいのでございます」

「それはなぜ」

「惣次郎が消えたあと、お葉もまた、置屋から姿を消しているのでございます」


翌日、私と捕霧七は深川の料理茶屋の界隈(かいわい)を訪ねた。

深川は、隅田川(すみだがわ)の東に開けた土地で、木場(きば)の材木商や、職人の町として知られていた。ここには多くの料理茶屋が立ち並び、夜ごと三味線(しゃみせん)の音が水辺に漂っていた。

ロンドンに置き換えれば、テムズ川の東岸あたり——イーストエンドよりはいくぶん品があるが、夜の歓楽に関しては負けず劣らず、というところだろうか。

お葉が所属していた置屋の女将(おかみ)は、五十がらみの、目のつり上がった勝ち気な女であった。

「お葉なら、先月の半ばに身請けされていきましたよ」と女将は言った。どこか不満げな口調だった。「ありがたい話のはずなんですけどね……なんともきまりの悪い身請けでしたよ」

「きまりが悪い、とは」と捕霧七は穏やかに訊いた。

「身請けした旦那というのが、名前も素性も、はっきり教えてくれないんです。金はきちんと払ってくれましたし、文句を言う筋合いはないんですけど——普通、こういうことには仲立ちをする者がいて、引っ越し先もちゃんと知らせてくれるものでしょう。それが今回は、一晩のうちにお葉をさっと連れていって、あとは何もわからない」

「お葉は喜んでいたか」

女将は少し考えた。

「……それが、よくわからないんですよ。嬉しそうでも、悲しそうでもなくて。ただ、ぼうっとした顔で連れていかれた、という感じで。まるで——夢を見ているような顔でしたよ」

捕霧七は煙管の雁首(がんくび)を指で撫でた。ロンドン時代に、パイプの吸い口を指でなぞる、あの癖と同じだ。

「身請けに来た男の特徴は覚えているか」

「四十がらみの、痩せた男でした。着物はそれなりに上等でしたけど、どこか——侍崩れのような感じがしましたね。刀は差していませんでしたが、背筋がやたらとまっすぐで、目つきが冷たい。ああいう人を、私は好きになれませんね」

「名は何と言っていたか」

「庄兵衛(しょうべえ)と名乗っていました。苗字は言いませんでした」


置屋を出て、私と捕霧七は川沿いを歩いた。

「どう思う」と私は訊いた。

「少なくとも三つの事実がある」と捕霧七は言った。「第一に、惣次郎は消えた。第二に、お葉も消えた。第三に、その経緯に、庄兵衛という人物が関わっている。これらが偶然に重なったとは、私には考えにくい」

「惣次郎がお葉を身請けするために帳場から金を盗み、その金で身請けした——ということではないか」

「もしそうなら、なぜ惣次郎自身が迎えに来なかった。身請けをした男は『庄兵衛』と名乗っている。惣次郎という名ではない」

「では……惣次郎の金を、誰かが横取りした?」

「あるいは——三太、これが私の仮説だが——惣次郎はその『庄兵衛』に金を預けて、自分の代わりに身請けを頼んだ。そしてその後、自分も別の場所に移された。二人揃って、この江戸から消えた」

「なぜそんなことを」

「それが問題の核心だ。何かから逃げなければならない理由が、惣次郎にあった。おそらくは——金を盗んだことが露見する前に」


その夜、捕霧七はある人物を長屋に呼んだ。

幸助(こうすけ)という、岡っ引の世界では「目明かし(めあかし)」と呼ばれる情報屋であった。目明かしとは、町の隅々まで顔が利き、様々な筋から話を集めてくる者で、捕霧七はこの男を、「私の不規則なベイカー・ストリートの不正規軍だ」と言って重宝していた。

「庄兵衛という男のことを調べてくれ」と捕霧七は言った。「四十がらみ、痩せた体つき、元侍と思しき風体。深川界隈で仲立ちをする商売をしているらしい」

幸助は眉をひそめた。

「……もしかして、それは『お消し』の庄兵衛じゃないですか」

「お消し?」

「ええ。この界隈じゃ知る人ぞ知る名前で……本当に困った人間を、江戸からすっぱりと消してしまう仕事をしている男です。素性を変えて、名前を変えて、別の土地で別の人間として生きられるように手配してくれる。まあ、客によっては、消えることを望んでいない者を、力ずくで消してしまうこともあるらしいですが」

私は思わず、ホームズ——いや、捕霧七を見た。

彼の目が、かすかに動いた。

「両方の仕事をするわけか」と彼は静かに言った。「自分で望んで消えたい人間の手伝いと、他者に消えさせられる人間の手配の、どちらも」

「そういうことです。値は張りますが、仕事は確かで、今まで一度も奉行所に尻尾を掴まれたことがないそうで……」

「それが今回、どちらの仕事をしたと思う」

幸助は少し考えた。「惣次郎さんが自分で庄兵衛に金を払って、二人で消えたなら——それは前者でしょう。ただ……」

「ただ?」

「お葉の方はどうか、わからない。あの女は、置屋の借金をだいぶ抱えていたと聞いています。惣次郎さんが払った金が、本当に全額お葉の身請けに使われたかどうか」

捕霧七は煙管に火をつけて、静かに煙を吐き出した。


翌朝、私たちは加賀屋の番頭、忠兵衛を再び呼んだ。

「一つ確かめたいことがある」と捕霧七は言った。「惣次郎が盗んだとされる金の額はいくらか」

「三十両でございます」

「そのうち、お葉の身請けに必要な金額は」

「あの女の年季と人気から考えれば……十五両から二十両のあいだかと」

「では残りは」

忠兵衛は首を縮めた。「……それが、よくわからないのでございます」

捕霧七は少し黙っていた。それから言った。「忠兵衛さん。惣次郎は加賀屋から逃げる必要があったか。あの男が、どうしても江戸から出なければならない別の理由が——あの金の問題以外に——あったと思うか」

忠兵衛の顔が、わずかに曇った。

「……実は、惣次郎は一年ほど前から、妙な男と付き合いがあったようで。その男が——どうも、博奕(ばくち)の貸元(かしもと)とつながっていたらしく……惣次郎が少なからず借りを作っていたとも聞いております」

「その男の名は」

「伊兵衛(いへえ)と申す者で、表向きは小間物商(こまものしょう)ですが……」

捕霧七はその名を聞いた瞬間、わずかに目を細めた。

「知っている男だ」と彼はつぶやいた。


江戸の博奕というものは、幕府によって厳しく禁じられていた。

ロンドンにも法で禁じられた賭博はあるが、江戸の場合はより組織的な「賭場(とばや)」が裏に広がっており、そこには独自の序列と掟(おきて)があった。「貸元」とはその賭場の親分のことで、彼らは客に金を貸しつけて博奕をさせ、返せなくなった者から様々な形で取り立てた。

その伊兵衛という男を、私と捕霧七は翌日、神田の路地の奥にある小間物の店で見つけた。

四十前後の、どこか油ぎった感じのする男だった。愛想はよいが、目が笑っていない。ロンドンで言えば、ウエストエンドの裏通りでいかがわしい賭け事の仲介をしているような種類の男である。

「惣次郎さんなら、もうこの辺にはいませんよ」と、伊兵衛は最初から知っているかのように言った。「さっぱり消えちまいましてね。困ったもんですよ、借りがあるというのに」

「いくら借りていたか」と捕霧七は訊いた。

「三十両と少し、ですかね」

私はその数字を聞いて、はっとした。

加賀屋の帳場から消えた金が、三十両。伊兵衛への借金が、三十両と少し。

「惣次郎は、加賀屋から盗んだ金で、あなたへの借金を返すつもりだったのではないか」と捕霧七は静かに言った。「そしてお葉の身請けには、別の金を使うつもりで——しかし足りなくなった。だから庄兵衛という男に頼んで、お葉を連れ出させた。その庄兵衛が、お葉に対して何をしたかは——別の問題として」

伊兵衛の顔から、わずかに愛想が消えた。

「随分と、よく知っておいでで」

「私の職業がそれを要求する」

捕霧七は十手を取り出して、膝の上に置いた。その仕草は、ロンドン時代にホームズが暖炉の火かき棒を手にする、あの静かな威圧と同じだった。

「伊兵衛、一つ訊くが——お葉という女が庄兵衛に連れ出された後、その行き先を知っているか」

伊兵衛は少し間を置いた。「……知りませんよ。そんなことまで」

「では、惣次郎が庄兵衛に金を渡して逃げたとき——あなたへの借金の残りはどうなった」

「さあ……」

「三太」と捕霧七は私を向いて言った。「この男の顔をよく見ておいてくれ」

そして伊兵衛に向き直り、言った。「あなたが惣次郎に博奕の借金を作らせた目的は、加賀屋の帳場にある金を引き出すためだった。惣次郎は忠実にそれをやり遂げた。しかし惣次郎自身は、もはやお前の手の届かぬ場所へ消えた。お葉についても——庄兵衛を使ったのはお前だろう。お葉を江戸の外へ売り飛ばすつもりで」

伊兵衛の顔が、みるみる青ざめた。

「惣次郎が盗んだ金の行方と、お葉の行き先を話せ。話せば、私は奉行所への報告を最小限に留める。話さなければ——」

捕霧七は十手を立てた。

「抹殺というのは、使う者によって意味が変わる。お前が人を消すために使ってきた技術が、今度はお前自身を消すために使われるかもしれない。覚えておくがよい」


その後のことは、手短に話せる。

伊兵衛は白状した。お葉は、品川(しながわ)の外れにある宿の一室に匿われていた。庄兵衛が「身請け」と称して連れ出した後、伊兵衛の手の者が別の土地へ売る手はずになっていたのだという。

惣次郎は——伊兵衛の手が及ばぬよう、庄兵衛の手引きで、すでに上方(かみがた)——京や大坂のあたり——へ逃れていた。加賀屋の金は半分が伊兵衛の借金の返済に充てられ、残りが庄兵衛への手数料と、二人が旅をするための路銀(みちぎん)になった。

お葉は私たちが迎えに行くと、最初はぽかんとした顔をした。それからじわじわと状況を理解して、涙を流した。

「惣次郎さんは……私のことを」

「あの男は、あなたをちゃんと身請けしようとしていた」と、捕霧七は珍しく柔らかい声で言った。「金が足りなかっただけだ。ただ、逃げる順番が——あなたが先になってしまった」

「では……惣次郎さんはどこに」

「すでに上方にいる。追う手はずを、こちらで整える」

お葉は長い間、黙っていた。やがて彼女は、深く頭を下げた。

「……ありがとうございます」

伊兵衛は北町奉行所に引き渡され、庄兵衛は——しばらく行方をくらましたが、私たちの知らないどこかで、今も「お消し」の仕事を続けているという噂だった。


春の初めの夕刻、私と捕霧七は長屋の縁側に並んで、沈んでいく日を眺めた。

「捕霧七さん」と私は言った。「今回の件で、一つ気になることがある」

「何だ」

「惣次郎という男は——悪いことをしたのか、それとも良いことをしたのか、よくわからなくなってきた。主人の金を盗んだのは確かだが、その動機はお葉を救うためで、かつ博奕の借金という罠に嵌められていた。悪人とは言いにくい」

「それが人間の厄介なところだ、三太」と捕霧七は静かに言った。「悪と善は、往々にして同じ人間の中に同居している。私が関心を持つのは、どちらかを断罪することではなく——その人間が置かれた状況の構造だ。誰が罠を仕掛け、誰が罠に落ち、誰が利益を得るのか。それを明らかにすることで、次の被害者が出るのを防ぐことができる」

「今回で言えば、伊兵衛が仕掛け人だった」

「そうだ。そしてその伊兵衛の裏には、おそらくもっと大きな何かがある。庄兵衛という男が今も動いているということは——需要があるということだ。需要があれば、供給は続く」

「では、また同じような事件が起きる」

「必ず起きる」捕霧七は煙管を一服やった。「だから私たちは、ここにいる」

どこかの寺から、夕暮れの鐘の音が聞こえてきた。江戸の人々はその音を「暮れ六つ(くれむつ)」と呼ぶ——日没を告げる鐘で、これが鳴ると町の木戸(きど)が閉じられ、江戸の夜が始まる。

木戸というのは、各町の出入り口に設けられた簡単な関所のようなもので、夜間は通行が制限された。ロンドンのようなガス灯もない江戸の夜は、提灯(ちょうちん)の火を除けば本当の暗闇になる。

その暗闇の中に、どれほどの「消えた人間」が紛れているのだろうと、私はぼんやりと思った。


【結末:ロンドン時代】

気がつくと、私はベイカー街の居間にいた。

暖炉の火が揺れていた。ホームズは安楽椅子に深く沈んで、例の膝を抱えた格好ではなく、今度は両手の指先を合わせた「考える人」の姿勢で、宙を見ていた。

「ホームズ」と私は言った。「今、また江戸にいた気がする」

「私もだ」とホームズは言った。「抹殺の話だったな」

「君も覚えているのか」

「全部、ではない。しかし核心は残っている」ホームズは指先を解いた。「ワトソン、人間を消すことと、人間を殺すことの違いは何だと思う」

「消せば、本人は生きて苦しむ」と私は言った。

「その通り」ホームズは頷いた。「そしてもう一つ——消された者は、被害を訴える言葉を失う。名前がなければ、存在を証明できない。証明できなければ、保護を求めることができない。それが消すことの、殺すことよりも陰湿な点だ」

「では今回の件では——お葉は、その陰湿さの被害者だった」

「そしてかろうじて、救われた」ホームズは窓の外を見た。「しかし庄兵衛はまだいる。需要があれば、供給は続く」

外の霧が、ガス灯の光を白く滲ませていた。

ホームズは静かにバイオリンを取り上げた。何か悲しいような、しかし諦めているわけではない——そういう複雑な旋律を、彼は低く弾き始めた。

まるで江戸のあの夕暮れの鐘に、静かに応えるように。


本作は、アーサー・コナン・ドイル著『シャーロック・ホームズの冒険』および
岡本綺堂著『半七捕物帳』への敬意と感謝を込めて執筆しています。


著:コナン・綺堂異流(Conan Kidoyle)

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