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【ホームズ捕物帳】第三十六話:冬の金魚の符牒〜 The Sign of the Winter Goldfish 〜

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ホームズ捕物帳 ~ロンドンの名探偵、江戸に転生して岡っ引きになる

著:コナン・綺堂異流(Conan Kidoyle)


第三十六話:冬の金魚の符牒

〜 The Sign of the Winter Goldfish 〜


【冒頭:ロンドン時代】

一八九二年、一月の夜のことである。

ベイカー街二百二十一番地Bの居間では、暖炉の炭が橙色に熾き、その前にシャーロック・ホームズが膝を組んで座っていた。テーブルの上には、奇妙な試験管と烏口の水差しが並んでいた。

「ワトソン」と、ホームズは静かに言った。「金魚は冬に売るものだと思うかね」

「冬に?」と私、ジョン・H・ワトソンは書き物の手を止めた。「金魚売りなら夏の商売だろう。縁日や夏祭りの頃に桶を担いで歩く——子供向けの商いではないか」

「その通り。常識的には、そうだ」ホームズは試験管を一本つまみ上げ、燭台の炎にかざした。琥珀色の液体が揺れた。「では、もし真冬の明け方に金魚売りが路地を歩いていたとすれば、それは何を意味する」

「夏に売れ残った商売の残滓か、それとも——」

「それとも、金魚はただの隠れ蓑だ」ホームズは満足そうにうなずいた。「生き物を商う者が、実は生き物以外のものを運んでいる。あるいは、金魚という存在そのものが、何か別の符牒を示している」

「まるで謎かけのようだ、ホームズ」

「人生そのものが謎かけだよ、ワトソン。解かれるのを待っている」

そのとき部屋のドアが開いた。下宿の女主人ハドソン夫人が、青い顔をして立っていた。

「ホームズ様、外で——」

ドンという鈍い音がした。

後で聞いた話では、向かいの家の三階の出窓が、霜で留め具が緩んでいたらしい。重い木枠の窓が突然落下して、ちょうど私たちが夕の散歩に出ようとドアを開けた一瞬に、頭上から落ちてきたのだ。

冷たさと暗さを感じた後、私は——気がついたとき、江戸にいた。


【本編:江戸での事件】

——和登三太の語り——

神田(かんだ)の通りに、細かい雪がしんしんと降り積もる師走(しわす)の夜更けのことだった。

私、和登三太は長屋の板縁に腰を下ろし、懐炉(かいろ)——炭を入れた小さな金属の箱で、懐に入れて体を温めるロンドンのホット・ウォーター・ボトルに相当するもの——を両手で包みながら、空を眺めていた。雪の夜は静かで、どこかの寺の鐘の音だけが、遠く白い闇の中に溶けていった。

「三太」

障子(しょうじ)——木の格子に薄い和紙を張った、ロンドンのガラス戸に相当する仕切り——の向こうから、写楽捕霧七(しゃらく ほむしち)の声がした。

「人が来るぞ。足音が二つ。片方は急いでいる」

案の定、路地の角から人影が二つ現れた。一人は若い男で、足袋(たび)——布製の足の覆い——も履かずに、雪の上を素足に草履で駆けてくる。もう一人は初老の男で、提灯(ちょうちん)——油皿と灯心を和紙の筒で包んだ携帯用照明——を手に、懸命についていた。

「捕霧七さん、お頼み申します!」

若い男の方が叫んだ。

捕霧七は既に縁側に出て、煙管(きせる)を指で転がしながら二人を迎えた。彼の目は、その瞬間から既に動いていた。雪に濡れた二人の着物(きもの)の状態、足の運び方、息の乱れ——ロンドンのホームズが依頼人の指先や靴底を観察するのと同じ目つきで、全てを読み取っているのがわかった。

「まず中へ。雪の中で話すことはない」


二人が上がり込むと、若い方は源吉(げんきち)という、浅草(あさくさ)の金魚屋の手代(てだい)——ロンドンで言えば商店の番頭見習いに相当する——だとわかった。初老の男は源吉の雇い主、金魚屋の主人・伊兵衛(いへえ)だった。

金魚屋というのは、江戸の夏になくてはならない商売である。水槽に色鮮やかな金魚を泳がせ、町人が縁涼みの傍らに愛でる観賞魚として売る。また境内の縁日(えんにち)——神社や寺の祭礼の日に立つ市——では、すくい取りの遊びに使われる。夏の江戸の路地には「金魚ィ、金魚ォ」と呼びながら桶を担いで回る行商の声が響く。

しかし今は冬だ。

源吉の話はこうだった。

二日前の夜明け前、浅草の裏路地で、一人の若者の死体が見つかった。若者の名は徳次(とくじ)といい、伊兵衛の金魚屋で半年ほど前まで働いていた丁稚(でっち)——見習い奉公人——だという。しかし徳次は三ヶ月ほど前に突然暇(いとま)を取り、行方がわからなくなっていた。

「死体のそばに、これが落ちていたんです」

と源吉が懐から取り出したのは、小さな陶器の金魚鉢だった。直径四寸(約十二センチ)ほどの、白磁に青で金魚の絵が描かれた精巧なもの。水はなく、中には乾いた泥だけが残っていた。

「冬の金魚鉢が、死体のそばに?」

私は思わず繰り返した。

捕霧七は無言で金魚鉢を受け取り、底を指で撫で、光にかざして透かして見た。ロンドン時代に試験管を窓に向けて透かした、あの癖と全く同じ仕草だった。

「なぜ奉行所でなく、私のところへ」

「北町奉行所(きたまちぶぎょうしょ)の手先(てさき)には頼みましたが、どうも腰が重くて——若い丁稚の行き倒れ程度では、本腰を入れてくれませんで」と伊兵衛が言った。「捕霧七さんなら、と聞いておりましたので」

「奉行所は今、別の件で手が塞がっている頃だろう」と捕霧七は言った。「徳次が暇を取ったとき、理由は何と言っていたか」

「それが——なにも言わずに、ふいといなくなってしまったんです。前の晩まで普通に働いていたのに、翌朝になったらいなくなっていた。荷物もほとんど持たずに」

「金は持っていたか」

「二分(にぶ)ほどは持っていたかと。あの頃の前払い賃金です」

捕霧七は金魚鉢を膝の上に置き直した。

二分というのは、江戸の貨幣単位で、一両(りょう)の半分に当たる。一両で大工が一ヶ月分の賃金を稼ぐ程度の価値があるので、二分はさほど大きな金額ではないが、丁稚見習いにとっては無視できない額だ。ロンドンで言えば数シリング程度か。

「徳次と仲の良かった者は、店に誰かいるか」

「お糸(いと)という、帳場(ちょうば)を手伝っている娘が——」と伊兵衛は少し言いにくそうに言った。「二人は、その、仲が良かったようで」

「恋仲か」

「まあ、そういうことで——ございます」

捕霧七は煙管の雁首(がんくび)を一度くるりと回してから、立ち上がった。

「明朝、お店へ伺う。お糸という娘に話を聞かせてもらいたい」


翌朝、私と捕霧七は浅草の伊兵衛の店へ出かけた。

浅草は江戸でも有数の繁華な地区で、浅草寺(せんそうじ)——雷門を持つ大きな寺——の門前町を中心に、芝居小屋や食いもの屋、土産物屋、見世物小屋などが軒を連ねる。ロンドンで言えばコヴェント・ガーデンとサウスバンクを合わせたような賑わいだが、建物は全て木造で、火事のたびに焼け直す江戸の宿命を背負っている。

金魚屋・伊兵衛の店は、浅草の裏手の方にある、こぢんまりとした間口の店だった。店先には大きな水槽が三つ並んでいたが、冬のことゆえ金魚は奥の蔵の中で冬越しさせており、店の外に生き物の姿はなかった。

お糸は十八、九の娘で、目が腫れていた。泣き明かしたのだとわかった。

「徳次さんのことを聞きに来た」と捕霧七は静かに言った。「責めるためではない。ただ事実を知りたい」

お糸は少し安堵したように、ぽつぽつと話し始めた。

徳次が突然いなくなる一月ほど前から、様子がおかしかったという。夜中に店を抜け出すことがあり、帰ってくると妙に目が血走っていた。「何か怖いことがあるのか」と訊いても、「大丈夫だ、心配するな」と繰り返すばかりで、肝心なことは話してくれなかった。

「最後に会ったのは、いなくなる前の夜です。徳次さんが——」

お糸は一度言葉を飲み込んで、それから続けた。

「徳次さんが、この金魚鉢を私に渡そうとしたんです。『これを持っていてくれ、大事なものだ』って。でも私、怖くなって——受け取るのを断ってしまったんです。もし受け取っていれば、こんなことには——」

涙が、また流れた。

捕霧七は静かに聞いていた。彼の顔には何も表れていなかったが、私にはわかった。この男の頭の中で、何かが動き始めているのだ。

「その金魚鉢を、徳次はどこで手に入れたか、知っているか」

「知りません。ただ——」お糸は少し考えた。「『これは本物の証拠だ』と言っていました。証拠、という言葉だけは、はっきり覚えています」


捕霧七は帰り道、ほとんど口を利かなかった。

私たちは浅草から神田へ向かう道を歩いた。雪は夜のうちにやんでいたが、屋根から落ちる雪解け水が、石畳ならぬ土の地面にあちこち水たまりを作っていた。行き交う人々は皆、厚い綿入れ(わたいれ)——綿を詰めた防寒着——をまとい、中には頭から綿の頭巾(ずきん)を被った者もいた。

「捕霧七さん」と、私はとうとう我慢できずに口を開いた。「何かわかりましたか」

「金魚鉢の底の泥だ」と彼は言った。「ただの川砂ではない。あれは、ある種の鉱物が混じっている。炭鉱の近くか、あるいは——精錬所の周辺の土だ」

「それが何を意味する?」

「今はまだわからん。だが徳次という男は、金魚屋の丁稚でありながら、どこかで精錬に関わる場所を知っていた。そしてその場所が、彼を殺した何者かにとって、知られてはならない秘密と結びついていた」

「証拠、か——」

「お糸の言葉が全てだ。徳次はこの金魚鉢を証拠と呼んだ。金魚鉢に入った土が証拠なのか、それとも金魚鉢そのものが証拠なのか。まだどちらかわからないが——」

捕霧七は立ち止まり、懐からその金魚鉢を取り出した。逆光の中でじっと眺める。

「三太、この金魚鉢の底を見ろ。絵師の落款(らっかん)のような、小さな文字が入っている」

私は覗き込んだ。確かに、高台(こうだい)——底の縁の部分——の内側に、ごく細い墨で「丸に松」という印が記されていた。

「これは——屋号(やごう)か」

江戸では商家は屋号を持ち、暖簾(のれん)や印判(いんばん)にその印を使う。丸に松という印を持つ商家を探せば、何かわかるかもしれない。

「そういうことだ」と捕霧七は言った。「三太、少し調べてもらえるか。浅草か神田界隈で、丸に松という屋号の店を」

「何屋を探せばいい」

「金属を扱う店だ。鋳物師(いものし)か、あるいは金細工師(きんざいくし)か——」


半日後、私が突き止めた先は、神田鍛冶町(かじちょう)の外れにある、「丸松(まるまつ)」という小さな鋳物屋だった。

鍛冶町というのは、その名の通り鍛冶を生業とする職人が集まっていた町で、江戸の鉄細工や鋳物の一大産地である。鉄を溶かして型に流し込む鋳物師の仕事は、鍋や釜から、寺の梵鐘(ぼんしょう)——大きな鐘——まで様々なものを作り出す。ロンドンの工場地帯とは似て非なる、より小規模で職人気質の工房が連なる地域だ。

「丸松」に着いてみると、妙な雰囲気だった。

店の表に「閉店」の貼り紙がしてあるのだが、奥から煤の匂いと、かすかに何か金属を溶かすような異臭がする。

私は捕霧七のところへ戻り、報告した。

捕霧七は私の言葉を聞き終わると、静かに立ち上がった。

「一緒に行こう」

丸松の前に着くと、彼は表の扉ではなく、路地に回り込んで裏手へ廻った。裏口の板戸に手をかけると、わずかに開いていた。捕霧七は私に目配せして、静かに中へ入った。

土間(どま)——土のままの床の作業場——に踏み込むと、炉の残り火がまだ赤く熾きていた。ロンドンの工場の炉を思わせる熱気が残っている。作業台の上には、壊れかけた金魚鉢がいくつかあった——いや、よく見れば金魚鉢ではない。形は金魚鉢に似ているが、底が妙に厚く、重さがある。

「三太、持ってみろ」

私が一つを手に取ると、明らかに陶器の重さではなかった。

「鉛(なまり)だ」と捕霧七は言った。「金魚鉢の形に鋳造した鉛の固まりを、陶器の皮で包んでいる。中身は鉛ではないかもしれないが——」

彼は作業台の隅に転がっていた小さな包みを開いた。白っぽい粉が出てきた。鼻を近づけて、一度だけ小さく嗅いだ。

「やはり」と、彼は低く言った。「これは白鉛(しろなまり)の精製途中の粉だ。しかしその配合が——」

捕霧七は突然、私の腕を掴んで引いた。

「出るぞ」

走る声がした。

外から、複数の足音が近づいてきた。私たちは慌てて裏口から出て、路地の物陰に隠れた。

数人の男たちが表から押し入ってくる音がした。荒々しく扉を叩き割る音、怒鳴り声——その中に聞き覚えのある声があった。

「ここだ。証拠を全部消せ」


その夜、捕霧七は長屋の前に正座して、煙管を三服ほど吹かした後、私に向かって言った。

「整理しよう、三太。徳次という丁稚が突然失踪した理由は、彼が何かを見てしまったからだ。丸松という鋳物屋で、金魚鉢の形に鉛を鋳造し、その内部に——おそらく禁制品か、あるいは収賄の賄賂金の隠し場所として使われている秘密の工房を見てしまった」

「金魚鉢を証拠として持っていた、というわけか」

「そうだ。そして丸松を経営している何者かは、徳次が証拠を握っていることに気づいた。だから徳次は殺された。問題は、誰がその鋳物屋を使い、何のために鉛製の偽金魚鉢を作っていたかだ」

「偽金魚鉢の用途は?」

「それが核心だ」と捕霧七は言った。「考えてみろ、三太。金魚鉢というのは、夏の商売だ。しかし冬でも金魚を運搬する口実には使える。中身が鉛なら、外から見ただけでは陶器の金魚鉢と見分けがつかない。冬に金魚売りが歩いていても、表向きは普通の商いだ」

「つまり——金魚鉢に偽装した鉛塊を運ぶ? 何を運ぶために?」

「賄賂だ、三太」と捕霧七はあっさりと言った。「江戸で一番問題になっているのは、町奉行所の役人への袖の下(そでのした)——ロンドンの賄賂(bribery)に当たる行為だ。金銀は動くと足がつく。しかし金魚鉢の中に鉛を混ぜて、金や銀をその中に隠して運べば、道中どこかの口入れ屋(くちいれや)で検められても、単なる商い物にしか見えない」

「そして丸松の工房で、その細工をしていた」

「この一件には、相当な身分の者が絡んでいる。徳次が恐れていたのは、単なる職人ではない。徳次を殺せるだけの力を持った者だ」

捕霧七は煙管を置いた。

「明日、私に一つ仕事をさせてくれ。おそらく夜になる」


翌晩のことは、今でも鮮明に覚えている。

捕霧七は私を連れて、浅草の裏の、ある旅籠(はたご)——旅人を泊める宿——に向かった。旅籠というのは、ロンドンのインに当たるが、畳敷きの座敷に布団を敷いて寝るため、家具付きの部屋とは様式が全く異なる。

「ここに、ある人物が泊まっている」と捕霧七は言った。「南町奉行所(みなみまちぶぎょうしょ)の与力(よりき)——上級の役人——の一人が、名を変えてひそかに使っている部屋だ」

「与力が? なぜ」

「丸松から今日昼過ぎに出てきた男の一人が、その与力の家の供(とも)の者だった。私は丸松から離れた後も、尾行していた」

捕霧七は旅籠の裏口で足を止め、耳を澄ました。私もならった。二階から、押し殺したような声が聞こえてくる。

「今夜全部始末すれば——」

「徳次の件で、すでにあちこちが嗅ぎ回っている——」

「そんな岡っ引き風情、黙らせれば——」

捕霧七は私の肩を軽く叩いた。

「聞こえたか、三太。証人は揃った」

彼は懐から十手を取り出すと、それを逆手に持ち、裏口の板戸を静かに押した。

私は後ろに続きながら、ロンドンのベイカー街で、ホームズが「参ろう、ワトソン」と囁いて暗闇へ踏み込んでいくときの、あの独特の高揚感と恐怖の混じり合いを、鮮明に思い出した。人が変わっても、本質は変わらないのだ、と思った。


旅籠の二階で捕霧七が押さえたのは、南町奉行所の与力・田村十左衛門(たむら じゅうざえもん)という男と、その手下二名だった。

田村は丸松を実質的に経営しており、鉛細工の金魚鉢を使って、富商や大店(おおだな)の商人たちから賄賂を受け取る仕組みを作っていた。冬の金魚売りに化けた使いの者が賄賂を運び、田村はその見返りに、奉行所の調べを手心加えてやるという悪事である。

徳次が何かの手違いで丸松の工房に迷い込み、金魚鉢の秘密を知ってしまった。しかし徳次は証拠を一つ持ち出して、お糸に渡そうとした——それが仇となり、殺された。

田村たちはその夜、北町奉行所(きたまちぶぎょうしょ)の定廻同心(じょうまわりどうしん)——巡回担当の役人——に引き渡された。

奉行所というのは、江戸の司法と行政を一手に担う機関で、南北二つが月ごとに交代で業務を行う。今月の当番は北町だった。定廻同心の吉岡(よしおか)という男は、捕霧七の話を一通り聞いた後、腕を組んで唸った。

「田村が——南町の田村が、こんなことを」

「証拠は丸松の工房に残っています。鉛製の金魚鉢が、今もいくつか残されているはずです。泥の成分の分析は、私がやりましょう」

「分析、とは?」と吉岡は首を傾げた。

「薬種屋(やくしゅや)——薬剤師——の助けを借りて、土と鉱物の成分を調べる方法があります。これで丸松の工房と、現場に残された金魚鉢の土が同一のものだと証明できます」

「火付盗賊改(ひつけとうぞくあらため)——江戸の特別犯罪取締機関——の方に廻すべきか——」

「それはお任せします。私は真実を見つけることまでしかできません」


事件が解決したのは、それから三日後のことだった。

田村十左衛門は奉行所の調べで自白し、丸松の工房は封鎖された。徳次の死の真相も明らかになり、お糸は泣きながら深く頭を下げた。

「ありがとうございました。徳次さんの無念が——」

「無念ではないと思いますよ」と捕霧七は静かに言った。「彼はちゃんと証拠を残して逝った。金魚鉢という、誰の目にも映らない形で。彼が渡そうとしたものは、あなたの手には渡らなかったかもしれないが——確かに届いた」

お糸はまた泣いた。

冬の寒い夕方、私と捕霧七は浅草の川沿いを歩いて帰った。隅田川(すみだがわ)は灰色で、岸の枯れ葦(かれあし)が風に揺れていた。

「捕霧七さん」と私は言った。「最初から、丸松と賄賂の話は見当がついていたのか」

「金魚鉢の底の土の成分で、大体は」と彼は答えた。「あとは誰が動かしているかだ。一番難しいのは、常に、誰かということだ。物事ではなく、人を疑うのは——」

彼は少し黙ってから続けた。

「しかし疑わなければ、徳次は死んだまま忘れられる。冬の金魚売りが歩いていた、それだけの話になる」

隅田川の向こうに、江戸の夕空が広がっていた。

冬の空は澄んでいて、高く、遠かった。どこかの金魚屋の蔵の中で、春を待っている金魚たちが、今夜も静かに泳いでいるのだろうと思った。


【結末:ロンドン時代】

気づくと、私はベイカー街の居間にいた。

暖炉の炭が赤く熾き、ホームズは肘掛け椅子で例のバイオリンを膝に乗せ、弦を一本一本確かめるように爪弾いていた。

「ホームズ」と私は言った。「今、妙な夢を見ていた」

「金魚の夢かね」とホームズは言った。

私は目を見張った。

「君も見たのか」

「見た。冬に金魚売りが歩く夢だ」ホームズはバイオリンを置き、私を見た。「ワトソン、人が証拠を隠す方法の中で、最もうまい方法は何だと思う」

「……見えているのに、誰も気にとめない場所に置く、だろうか」

「その通り」ホームズは小さく笑った。「金魚鉢は夏の商売だ。誰でも知っている。だからこそ、冬に金魚鉢があっても、誰も本当の意味では見ない。見ているようで、見ていない——それが人間の盲点だ」

「徳次という男は、それを見た」

「だから死んだ。そして死ぬことで、見てしまったことを知らせた」ホームズは窓の外を見た。一月のロンドンに、細かい雪が舞い始めていた。「見えないものを見る者が、時に最も高い代償を払う。それが探偵という仕事の、どうしようもない悲しみだ」

私は黙って暖炉の火を見つめた。

雪の夜、ベイカー街は静かだった。どこかの馬車の蹄鉄(ていてつ)の音が、遠く、石畳の上を過ぎていった。

ホームズはまたバイオリンを手に取り、今度は低く哀愁を帯びた旋律を奏でた。まるであの冬の隅田川の水音に、遠く応えるように。


本作は、アーサー・コナン・ドイル著『シャーロック・ホームズの冒険』および
岡本綺堂著『半七捕物帳』への敬意と感謝を込めて執筆しています。


著:コナン・綺堂異流(Conan Kidoyle)

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