【ホームズ捕物帳】第二十八話:雪達磨の緋色〜 A Study in Snowman 〜
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ホームズ捕物帳 ~ロンドンの名探偵、江戸に転生して岡っ引きになる
著:コナン・綺堂異流(Conan Kidoyle)
第二十八話:雪達磨の緋色
〜 A Study in Snowman 〜
【冒頭:ロンドン時代】
一八九五年、一月の終わりのことである。
ベイカー街の居間には珍しく雪が積もっていた。ロンドンの雪というのは年に数度しか降らないが、この年は格別で、窓の外の街路もガス灯の台座も、等しく白い綿に包まれていた。
私は暖炉の前で医学雑誌を広げていた。ホームズは床に這いつくばって、小さなガラス片を精密な秤(はかり)に乗せ、何やら測定していた。
「ホームズ」と私は言った。「今日は何の実験だ」
「ガラス玉の比重だ」と彼は答えた。「ビー玉と呼ばれる玩具の小球がある。外見はまったく同じに見えるが、素材によって比重が微妙に異なる。鉛を混ぜたものと、純粋なガラスとでは——」
「何のためにそんなことを」
「持ち込まれた依頼だ。骨董商から」ホームズは秤から目を上げた。「先日、某大学の教授が、子供の玩具の中に古代ローマのガラス玉が混入していたと言ってきた。売り主はただの玩具として売ったが、教授は骨董の目利きだ。素人目には区別がつかないが、比重が違う」
「玩具の中に古代の宝物が」
「それだけではない」とホームズは立ち上がり、暖炉の前で背を伸ばした。「問題は、その玩具屋がどこでガラス玉を仕入れたかだ。売り主の証言が二転三転している。ワトソン、些細な物の中に秘密が潜む場合、その物に触れた者全員が嘘をついているとは限らない。しかし、誰か一人が確実に嘘をついている」
「それで、犯人は」
「まだわからん」とホームズは言い、窓の外の雪景色を見た。「しかし面白いことに気づいた。この依頼の背後には、もっと大きな人間関係の網がある。玩具屋と骨董商と教授——この三者の間に、もう一人、見えない誰かがいる」
その日の夕方、私たちはその骨董商を訪ねるためにソーホーへ出かけた。
雪は降り続いていた。街路に積もった雪が、馬車の車輪に踏み固められて氷になり始めていた。私たちが乗った馬車が、チャーリング・クロスの近くで突然制御を失った。馬が氷に足を滑らせ、馬車は傾き——私は車体とともに雪の中に投げ出された。
白い冷たさの中に、ゆっくりと沈んでいく感覚があった。
雪の冷たさが、どこか遠い意識の底に伝わってきた。
そして——すべてが静かになった。
【本編:江戸での事件】
——和登三太の語り——
目を覚ますと、私は雪の中にいた。
冷たい。しかしロンドンの雪の冷たさとは、どこか違う。ロンドンの雪は煤煙を含んで灰色になり、解け始めると泥と混じって醜い色になる。しかしここの雪は白い。あたりを見回せば、板塀も、木立も、路地の石畳も、等しく清潔な白に覆われていた。
私は長屋(ながや)の前に立っていた。
長屋というのは、以前にも述べたが、江戸の町人が暮らす木造の集合住宅だ。壁一枚隔てて複数の家族が住んでいる。このとき私はすでに、ここが私と捕霧七が身を寄せている神田(かんだ)の裏手の長屋であると、転生の記憶で理解していた。
「三太」
声がして振り向くと、捕霧七が長屋の軒下に立っていた。着物の上に分厚い綿入れ(わたいれ)の羽織を重ね、煙管を口にくわえている。綿入れとは、着物の中に綿を詰めた防寒のための衣で、ロンドンのコートに相当するが、ずっと軽く、動きやすい。
「三太、雪が積もった」と彼は言った。「いかにも江戸らしい冬だな」
「ロンドンでも雪は降る」
「しかしロンドンの雪で、あんなものは作らん」
捕霧七が目で示した方向を見ると、路地の奥に、一つの白い丸い塊があった。
雪達磨(ゆきだるま)だ——と私は即座に理解した。
江戸の子供たちが、降り積もった雪を丸めて作る雪像のことである。大小二つの雪の塊を重ね、上の玉に炭で目と口を描き、小枝で腕を作る。ロンドンの子供たちが作るスノーマンと、形の発想は似ているが、江戸の雪達磨は顔が正面を向いた達磨大師(だるまだいし)——禅の始祖——に模したもので、ずんぐりとした独特のシルエットを持っている。
「可愛らしいものだ」と私は言った。
「可愛らしい」と捕霧七は繰り返した。しかしその声には、何かが引っかかっているような、奇妙な響きがあった。「そうかもしれん。しかし、あの大きさは——」
彼はそれ以上言わなかった。
事件の相談がもたらされたのは、その翌朝のことであった。
宿場町(しゅくばまち)の一つ、神田の東にある旅籠(はたご)の主人が、担当の同心(どうしん)を通じて捕霧七に助けを求めてきた。
旅籠というのは、宿泊と食事を提供する宿屋のことで、ロンドンのインに相当する。江戸時代の旅人は、参勤交代(さんきんこうたい)——諸大名が定期的に江戸と国元を往来する制度——の武士の行列から、商用の商人、巡礼の旅人まで多種多様で、旅籠はそれらの人々を受け入れる。
主人の嘉助(かすけ)は、六十がらみの小柄な老人で、私と捕霧七の前にかしこまって座り、震える声で言った。
「お助けを。うちの前の雪達磨の、中から……」
「死体が出た」と捕霧七は静かに先を続けた。
嘉助は目を見開いた。「な……なぜご存知で」
「知っているというより、予想しただけだ」と捕霧七は答えた。「それだけ大きな雪達磨が路地に作られているのに、子供がいない。また、あの達磨の下半分が、上から積もった新雪ではなく、人の手によって丸められた痕がある。形が不自然に大きく、また底の部分が地面に密着しすぎている。普通の雪達磨は、土台の球を転がして作るために、底が丸い弧を描く。しかしあの達磨の底は平らだ。まるで中に何かを入れてから、外側に雪を積み上げたように」
嘉助は口をぱくぱくとさせた。
「続けてください」と捕霧七は言った。「死体は誰ですか」
死体は、上州太田(じょうしゅうおおた)——現在の群馬県太田市——から出てきた百姓(ひゃくしょう)の甚右衛門(じんえもん)という男だと、後の調べで判明した。
上州とは、現在の群馬県の旧国名で、江戸から北へ四五里(約百七十キロメートル)ほどの内陸部にある。太田は絹織物(きぬおりもの)の産地として知られ、春になると蚕(かいこ)を育てて生糸を作り、秋には近隣の市へ売りに出る百姓が多かった。
甚右衛門は三日前から嘉助の旅籠に逗留(とうりゅう)していた。四十がらみの、地味な身なりの男で、口数が少なく、酒も飲まず、毎日近所へ出かけては夕方に戻ってくる、という生活をしていた。宿の者に何か聞かれても「ちょいと用がある」とだけ答えて、用件を明かさなかった。
そして昨夜——雪が積もった朝、宿の者が表の路地に大きな雪達磨が作られているのを見つけた。子供たちが夜中に作ったのだろうと最初は思ったが、あまりに大きいので嘉助が不審に思い、長い棒で突いてみると、中から凍った人の足が出てきた。
「甚右衛門さんの部屋の荷物は」と捕霧七は訊いた。
「それが……」と嘉助は言い、言いにくそうに続けた。「南京玉(なんきんだま)が。大量に」
「南京玉」と私は繰り返した。
「ロンドンでいえばビー玉だ」と捕霧七が傍らで補った。「小さなガラスの球で、子供の遊び道具だ。しかし江戸では、装飾品の素材としても使われる」
「なぜ百姓が大量の南京玉を」
「それが問題だ」
私たちは旅籠に赴いて、甚右衛門が使っていた部屋を調べた。
旅籠の部屋というのは、ロンドンのインの客室とは様子が異なる。ベッドではなく、畳(たたみ)——稲藁を芯にした平たい敷物——を敷き詰めた部屋に、夜になると布団(ふとん)を敷いて眠る。家具はほとんどなく、旅の荷物は行李(こうり)——竹や柳で編んだ籠状の旅行鞄——に入れて部屋の隅に置く。
甚右衛門の行李の中には、着替えと少量の食料のほかに、布袋に入った大量の南京玉があった。数えると三百粒ほど。普通の遊び道具としては、明らかに多すぎる量だ。
捕霧七はその南京玉を一粒一粒、指先でつまんで光にかざした。
「三太、これを見ろ」と彼は言い、一粒を私に手渡した。
その玉は、他の玉より少しだけ重かった。そして内部に、細かい金色の渦模様が入っていた。
「きれいだ」と私は言った。
「きれいだ、な」と捕霧七は言い、その玉を返してくれた。「ただの遊び道具ではない。これは九谷(くたに)か有田(ありた)の職人が作った、装飾用の特注品だ。一粒の値段は、普通の南京玉の何十倍もする。甚右衛門はこれを買い集めていた。しかし百姓がこれほどの品を、何のために」
「贈り物か?」
「あるいは、弁済のためか」
捕霧七はそれ以上は言わなかった。
翌日、捕霧七は何も私に告げずに、朝から出かけた。
夕方に戻ってきたとき、その目には、事件の糸が繋がったときの、独特の静かな光が宿っていた。
「三太」と彼は言い、長屋の板縁(いたえん)に腰を下ろした。「品川(しながわ)へ行ってきた」
品川というのは、江戸の南端に位置する宿場町で、東海道の最初の宿場として栄えている。江戸から東海道を下る旅人が最初に泊まる場所であり、同時に遊郭(ゆうかく)——遊女(ゆうじょ)が置かれた歓楽街——が有名だった。遊郭とは、江戸幕府が管理した一種の風俗業の場であり、女性が「女郎(じょろう)」として客を取る。ここに身を置いた女性は、借金のかたに売られてきた場合が多く、身請け(みうけ)——身代金を払って遊郭から解放すること——が自由になる唯一の道だった。
「品川で何を」
「錺職人(かざりしょくにん)の豊吉(とよきち)という男に会った」と捕霧七は答えた。
錺職人というのは、金属を加工して装身具——簪(かんざし)や帯留め(おびどめ)、煙管の金具など——を作る職人だ。金、銀、銅を精密に加工する技術を持ち、江戸の職人の中でも技術の高い部類に入る。
「その豊吉という男が、甚右衛門と関係があるのか」
「あった、というべきか」と捕霧七は言い、煙管を長く吸った。「豊吉は半年ほど前に、品川の遊郭から女郎を一人、身請けした。おきん(幾ん)という女だ。しかし身請けの金が足りず、甚右衛門から借金をしていた。甚右衛門はおきんの兄にあたる。妹を苦界(くかい)——苦しい境遇、この場合は遊郭——から救い出すために、豊吉を助けた」
「なるほど。兄妹の情だ」
「しかし問題は、豊吉がその借金を返せなかったことだ。豊吉は腕のいい職人だが、博打(ばくち)が好きで、金が入るたびに使い果たした。甚右衛門は督促(とくそく)のために江戸へ出てきたが——豊吉に会う前に、誰かに殺された」
「豊吉が殺したのか」
「それが問題だ」と捕霧七は言った。「豊吉は甚右衛門が江戸に来ていることを知っていた。昨日の夜、豊吉は甚右衛門と会う約束をしていた。しかし豊吉は私にこう言った。『会ったが、金を持ってくることができなかったと詫びを言った。甚右衛門はいったん引き下がった』と。その後、甚右衛門が雪の中で殺されたのだ」
「豊吉が嘘をついている、と思うか」
「豊吉は嘘をついていない」と捕霧七は断言した。
私は驚いて彼を見た。
「なぜ、そう言い切れる」
「南京玉だ」と捕霧七は静かに言った。
捕霧七の説明は、こうであった。
甚右衛門が買い集めていた特注の装飾用南京玉。三百粒。その一粒の値段は、普通の南京玉の数十倍——つまり三百粒の総額は、決して少なくない。
しかし重要なのは、その南京玉の作り手だ。
捕霧七が品川で調べてきた結果、あの特注の金彩入りの南京玉を作ることができる職人は、江戸と周辺で二人しかいない。そのうちの一人が——錺職人の豊吉であった。
「甚右衛門は、借金を現金で返せない豊吉のために、豊吉が作った南京玉を受け取る約束をしていた」と捕霧七は言った。「現金ではなく、品物で弁済する。職人には珍しいことではない。そして豊吉は、その南京玉を事前に旅籠に届けていた——甚右衛門と会う前に。つまり」
「甚右衛門の部屋にあった南京玉は、豊吉からの返済の品だった」
「そうだ。そしてそれは、豊吉と甚右衛門が平和的に話をつけた証拠だ。豊吉が甚右衛門を殺す理由は、もはやなかった」
私は黙って考えた。
「では、誰が殺したのか」
「甚右衛門の死体には、刃物の傷があった。しかし喧嘩の傷ではない——一突きだ。慣れた手つきの傷だ」と捕霧七は言い、煙管の雁首(がんくび)をゆっくりと指で回した。「三太、甚右衛門が江戸に来たことを知っている者は、豊吉のほかにも何人かいた。旅籠の主人、周辺の者。しかし一番重要なのは——甚右衛門が督促に来たことで、最も困る者は誰か、だ」
「豊吉ではないとすれば……」
「豊吉に金を貸した者がいる」と捕霧七は言った。「博打好きの職人が、遊郭の身請けのような大きな出費をした後、また別の借金をすることは珍しくない。そして、その貸し手が高利貸(こうりがし)であれば——甚右衛門が豊吉から返済を受けることは、そのまま高利貸への返済が遠のくことを意味する」
「つまり——高利貸が甚右衛門を殺した?」
「そういうことだ。甚右衛門が返済を受ければ、豊吉の借金返済は甚右衛門への義理から始まる。高利貸はその前に、甚右衛門を消した。そして雪達磨の中に隠すという奇妙な方法を使ったのは——雪が解けるまでの数日間、時間を稼ぐためだ。雪の中の死体は、雪が解けるまで発見されない。その間に、証拠を消せる」
「しかし雪は次の日の朝に解けた」
「江戸の冬の雪は、多くが翌日には解ける」と捕霧七は少し苦笑した。「凶手の計算が甘かった。あるいはロンドンの雪のように、何日も積もり続けると思っていたか」
その後の展開は速かった。
捕霧七が特定した高利貸は、神田の近くで表向きは両替商(りょうがえしょう)を営む三沢(みさわ)という男だった。両替商とは、金銀銭の両替を業とする商人で、ロンドンの銀行に似た機能を持つが、同時に金貸しも行っていた。
江戸の貨幣制度を少し説明しておくと、この時代の通貨は複数の種類が混在していた。金貨の一両(いちりょう)が基本単位で、一両は四分(しぶ)、一分は四朱(しゅ)に分かれる。さらに銅貨の寛永通宝(かんえいつうほう)は最小単位の一文で、四千文がおおよそ一両に相当した。両替商はこれらの複雑な通貨を換算して手数料を取り、同時に貸付けを行って利子を稼ぐ。高利貸は中でも法外な利率で金を貸し、返済できない者から財産や労働を取り立てた。
三沢は同心(どうしん)の吟味(ぎんみ)の場で、最初は関与を否定したが、捕霧七が南京玉に絡む証拠の糸を丁寧に手繰り寄せると、やがて全てを白状した。
豊吉はその後、両替商三沢からの借金を、甚右衛門から受け取るはずだった返済分を転用して少しずつ返していくことになった。おきんという女は、夫の豊吉のそばで静かに暮らしているという話を、後日、担当の同心から聞いた。
「甚右衛門さんは結局、どんな人だったのか」と私は事件の後、捕霧七に訊いた。
「遠い土地から、妹のために借金取りとして出てきた兄だ」と捕霧七は答えた。「しかし南京玉を受け取ることで、借金を帳消しにするつもりだったのだろう。強引に取り立てる気はなかった。その優しさが——命取りになった」
私はしばらく黙っていた。
「雪達磨の中に隠される、とは思わなかっただろう」
「誰も思わない」と捕霧七は言い、窓の外の白い路地を見た。「しかし雪は解ける。隠しても、消えるものは消えない。残るものは残る」
長屋の前の雪が、春めいた昼の日差しを受けて、静かに溶け始めていた。
【結末:ロンドン時代】
気がつくと、私はベイカー街の居間にいた。
暖炉が赤く燃えていた。窓の外には雪が積もっていた。ホームズは暖炉の前の椅子に深く沈み込み、目を閉じていた。
「ホームズ」と私は言った。
「起きている」と彼は答えた。目を開けずに。
「江戸の夢を見た。雪達磨の中から死体が出た話だ」
「私も同じ夢を見た」とホームズは言い、ゆっくりと目を開けた。「しかしワトソン、気になったことがある。南京玉だ」
「どう気になった」
「秤の上のガラス玉だよ」とホームズは言い、机の上の秤を見た。「比重を計っていたあの実験。あれと、江戸の南京玉が——どこかで繋がっているような気がする」
「繋がっているのか」
「わからん」とホームズは静かに言った。「しかし夢が同じ問いを立てるとき、そこには何らかの理由がある。ワトソン、ガラス玉一粒の重さに、どれほど大きな秘密が潜むか——君は考えたことがあるか」
「ない」と私は正直に答えた。
「今夜、考えてみるといい」
ホームズは再び目を閉じた。
窓の外で、ロンドンの雪がゆっくりと解け始めていた。ガス灯の熱で、窓縁の積雪が一筋の水になって流れ落ちた。
隠しても、消えるものは消える。
その言葉が、暖炉の前で、静かに溶けていった。
本作は、アーサー・コナン・ドイル著『シャーロック・ホームズの冒険』および
岡本綺堂著『半七捕物帳』への敬意と感謝を込めて執筆しています。
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