資本主義は「値段のつかないもの」に値札をつける
丸井のエポスカードには、「好き」を応援するカードと呼ばれるシリーズがある。アニメ、アイドル、球団、美術館。好きな作品やアーティストの絵柄でカードを作ると、使った金額の0.1%が推しへの応援として届く、という仕組みだ。
では、その0.1%は誰が払っているのか。
推しに届く0.1%は、誰が払っているのか
エポスカードの通常のポイント還元は0.5%である。そして応援機能つきのカードは、この0.5%のうち0.1%分を、ポイントではなく応援先に回す設計になっている。カード会社が身銭を切って寄付しているのではない。本来あなたに付くはずだったポイントの一部が、推しへの応援に変わっているわけだ。
年間100万円使うとする。還元は5,000円分。そのうち1,000円が推しに届いて、手元には4,000円分が残る。
これを「ポイントを取られている」と見るか、「自分に付く0.1%より、推しに届く0.1%のほうが嬉しい」と見るか。推し活カードは、後者だと感じる人がたくさんいる、という読みのうえに作られている。
そして、その読みは当たっている。この企画は現在156種類、会員数は138万人。いまやエポスカードの新規会員の4割以上が、この推し活入会だ。 丸井はこの応援機能を、今後出すすべてのカードに広げる方針を打ち出している。

入会数16倍、店舗は「出会う場所」になった
どれくらい当たっているのかは、数字を見るとよくわかる。推しのイベント会場での1日あたりのカード入会数は、一般的なイベントの16倍。お客さん1人が生涯にわたってもたらす利益で見ても、一般のカードの2倍から7倍という水準だという。
丸井というと、駅前で洋服やアクセサリーを売る商業施設の会社というイメージがあるかもしれない。だがいまの実態はカードの会社である。エポスカードを中心とするフィンテック事業は、2026年3月期の売上が1,958億円、営業利益は470億円で過去最高。売上に対する利益の割合は24%という、かなりの高収益事業になっている。会員は830万人。店舗はもはや、モノを売る場所であると同時に、カード会員と出会うための場所になっている。
推しで出会い、家賃で日常に住みつく
もうひとつ、丸井には意外な稼ぎ頭がある。家賃保証だ。
エポスカードのサービス収入はおよそ307億円あるが、その7割以上、223億円が家賃保証から来ている。部屋を借りるときに保証人の代わりを引き受けて、毎月の家賃をエポスカード払いにしてもらう仕組みである。
家賃は、多くの人にとって毎月いちばん大きな固定費だ。それがカード払いになれば、そのカードは自動的にメインカードになる。推しで出会って、家賃で日常に定着してもらう。 丸井のカード事業は、お客さんと生涯付き合うことを前提に組み立てられている。

推し活とクレジットカードの組み合わせに乗り出しているのは、100年近い歴史を持つ丸井だけではない。2020年創業のナッジというスタートアップは、アニメやアイドルなど200種類以上のデザインから選べる推し活クレカを発行している。面白いのはごほうびの設計だ。このカードはポイントの代わりに、推しの動画や画像といった特典が受け取れる。ポイントを捨てて、推しに全振りする。この割り切りが若い世代に支持されていて、同社はこの仕組みを小売業や金融機関に売る事業を本格化するため、アメリカの大手証券モルガン・スタンレーなどからおよそ15億円を調達した。
生まれて6年のスタートアップから、100年の老舗まで。カード業界は、新旧そろって推しに向かっている。
明るい面の裏側にあるもの
ここまで推し活クレカの明るい面を書いてきたので、影の面にも公平に触れておきたい。
エポスカードの収益の内訳を見ると、じつはいちばん大きいのは、お店からの手数料ではない。分割払いやリボ払いの手数料で、収益のおよそ35%を占める。キャッシング、つまりカードでお金を借りたときの利息も合わせると、収益の半分近くになる。
リボ払いは、毎月の支払いを一定の額に抑えられるかわりに、残高に手数料がかかっていく仕組みだ。エポスカードの場合、この手数料の率は、去年の10月に年15%から年18%に引き上げられた。10万円の買い物をリボ払いにして1年かけて返していくと、手数料はおよそ1万円。10万円のものが実質11万円になる計算である。以前の年15%と比べると、同じ買い物で1,700円以上、手数料が増えたことになる。
難しいのは、これが法律に触れるような話ではまったくないことだ。分割もリボも、手数料の率がきちんと開示された、真っ当な金融商品である。ただ、日本は学校での金融教育が始まったばかりで、お金の仕組みを見抜く力はまだ十分に育っていないと言われている国でもある。「好き」を応援するカードという入口の先に、使い方しだいで苦しくなる商品もつながっていること。ここは、事実として押さえておきたい。
もうひとつの最前線は、その対極にある
推し活が「みんなの感情」の最前線だとしたら、もうひとつの最前線は、その対極にある。富裕層だ。
野村総合研究所の調査によると、預金や株などの資産から借金を差し引いた純金融資産が1億円以上ある日本の富裕層は、165万世帯・合計469兆円を保有していて、この10年でおよそ1.6倍に増えた。
年会費24万円のクレジットカードがある。 クレディセゾンが出している完全招待制のカードで、正確には年会費24万2,000円。それでも会員が増えているという。何が付いてくるのか。鹿児島の高級リゾートを貸し切ったイベント、空港からのヘリコプター送迎、名器ストラディバリウスによるプライベートコンサート。運営チームは、24万円の年会費に対して「年間100万円以上の価値の提供を目指す」と語る。ポイント還元の話は、ほとんど出てこない。
このカードを立ち上げた担当者の言葉が面白い。いまの新しいお金持ちは、モノより体験を、ステータスよりストーリーを重視するのだという。つまり24万円で買われているのは、決済の機能ではなくて、物語のほうだ。
動きはクレディセゾンだけではない。三井住友カードは去年、Visaの最上位ランク「Visa Infinite」を日本で初めて申込制で出した。年会費9万9,000円。担当役員は「年間700万円以上をカードで使う人なら、合理的に選んでもらえる」と説明する。金属製カードのラグジュアリーカードは2025年の新規入会が過去最大に伸び、なかでも20代の入会が前の年の1.8倍。地域別では、宮崎、沖縄、青森の伸び率が東京を上回った。富裕層向けカードというと東京の年配の経営者を思い浮かべるが、実際に増えているのは、若くて、地方にいる、新しいお金持ちである。
アメリカでは二極化がもっとはっきりしている。JPモルガンは去年、高級カードの年会費を550ドルから795ドル、日本円でおよそ12万円に値上げした。それでも会員は離れないと見ている。背景には、信用力の高い上位の層はカード保有者の61%なのに、カードの利用額では85%を占めるという構造がある。カード会社の売上の大半は、ごく一部の「たくさん使う人」から生まれている。だから各社は、還元率で全員を追いかけるのをやめて、上位の顧客に体験を積み増す方向へ舵を切っている。
40年前に、航空会社が見つけていた原理
推し活と富裕層。一見すると正反対の世界だが、どちらも同じことをしている。還元率が何%かではなく、感情でカードを選ばせている。
この原理を早くから使ってきたのが航空会社である。JALカードは1982年に北海道で試験発行され、1983年5月に全国へ広がった。カードの利用でマイルが貯まる「JALショッピングマイルプラン」が始まるのは1994年のことだが、いずれにせよ「経済圏」や「囲い込み」という言葉が広まるずっと前から、航空会社は搭乗と日常の決済を結びつける仕組みを育ててきた。いまのポイント経済圏の、先駆けのひとつである。
わかりやすいのが、JALの「どこかにマイル」だ。出発地や日程を指定して申し込むと、JALから4つの行き先候補が示され、申し込みから3日以内にどこへ飛ぶかが決まる。必要なマイルは往復7,000マイル。通常の国内線の特典航空券が往復9,000マイルからなので、かなり抑えられている。
なぜここまで抑えられるのか。JALが理由を公表しているわけではないので、ここからは僕の見方だ。考えられるのは、行き先の候補や対象の便をJAL側が調整できること。利用者が飛ぶ先をひとつに決めないぶん、航空会社は需要の偏りをならしやすくなる。
飛行機の座席は、出発してしまえばもう売ることができない、期限つきの商品だ。航空会社にとっては空席を活かしやすく、利用者にとっては旅行という体験が残る。ポイントを現金のように配るのとは違って、余っている座席を使いながら、受け取る側には旅の記憶が残る。 1ポイントをもらった記憶はすぐ消えるが、マイルで行った沖縄旅行は何年も覚えている。人間の記憶に残るのは、金額ではなく体験のほうだ。

推しに0.1%が届く喜びも、自分だけの体験が待っているという特別感も、この原理の現代版である。
比べられないものには、値下げ競争が起きない
企業の側から見ると、この転換にははっきりした合理性がある。
0.5%と1%なら、誰でも比べられる。比べられるものは、必ず値下げ競争になる。 行き着く先が、いま起きているポイント還元の縮小だ。でも、推しへの応援や、自分の物語に合った体験は、他社と比べようがない。比べられないものには、価格競争が起きない。
だからカード会社は、比べられる「お得」から、比べられない「感情」へと、価値の置き場所を移している。

これは、見方を変えるとちょっとした発見だと思う。推しへの愛情や、忘れられない旅の記憶には、そもそも値段がつけられない。値段がつけられないということは、本来、資本主義の市場の外側にあった、ということだ。 ところが、価格競争をやり尽くした資本主義は、その外側にこそ次の市場を見つけた。値段のつかなかったはずの感情や体験が、カードの年会費や手数料というかたちで、少しずつ値札をつけられていく。
ポイントが渋くなっていくニュースを見ると、なんだか損をした気分になる。その感覚は自然だと思う。ただ、その裏側で起きているのは、企業がお金で顧客を釣る消耗戦を終えて、人の「好き」や体験に投資を振り向け始めた、という変化でもある。
資本主義は、財布の中のシェアを取り合ったあと、心の中のシェアを取り合いに来る。クレジットカードは今、その最前線にいる。

