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「地球での冒険は楽しかった?」父の命日に見つけた、あの日のメモ

こんばんは、みきです❤️
今日は個人的な話を書きたいと思います。

今日は父の命日。
去年父が亡くなってから、丁度一年が経った。

そして今日、ふとしたきっかけで
「父が亡くなった日のメモ」
がスマホから出てきた。

音声入力で残したので、誤字や話し言葉のまま記憶された
その文章には、私の生々しい本音がそのまま残っていた。

読み返してみて、改めて思う。
あの日の自分の正直さを、今も大切にしたいと。

「怖い」と「同志」だった父

私にとって父とは、一言では表せない
存在だった。
怖いイメージであり、同志でもある。

子供の頃の父は、完全に昭和のお父さん
そのものだった。
星一徹みたいに、ちゃぶ台こそ
ひっくり返さなかったけれど、
木刀で追い回されたことはある。
弟と一緒に外で正座させられて、
叩かれたことも。

理由はもう覚えていない。勉強のことだったのか?
何か悪さをしたのか?
詳細は忘れてしまったけれど、
コンクリートの上での正座の痛みと、
木刀の感触だけは体が覚えている。

だからなのか、今でも男の人の怒鳴り声には、
少し身構えてしまう。

「お前らを食わしてるのは、ワシじゃー」

仕事第一で、お茶もいれない、ご飯も作らない。
それなのに長年単身赴任していて、
1週間に1度洗濯物を山のように
持って帰ってくる。
帰宅時間に家に誰もいないと、
鬼のように怒りまくる。そんな父だった。

私と父は顔が似ていて、小さい時は
それこそ男の子にしか
みられなかった。
性格も似ていたから、ぶつかることも
多かったし、口論もよくしたが、
心のどこかで「同志」のような
感覚があった。

退職後の父:守る対象が変わっただけ

退職して自宅に戻ってきてからの父は、
まるで別人のように穏やかになった。

町会行事に積極的に関わり、なんと15年も町会長を務めた。
若い頃は本格的な登山もしていたらしく、
ゴルフも上手で足腰が丈夫。
毎日散歩を欠かさない、元気な父だった。

そんな父が、本当にあっけなく逝ってしまった。
丁度「体力の低下」を理由に町会長を降りて
1年後。
もしかしたら、そこで気が抜けてしまったのかもしれない。

病院での対面と、あの夜のメモ

病院で亡くなった父と対面した時。
あまりに実感がなくて、涙もすぐには出なかった。

でも、私の口から自然に出てきた言葉は、
「お疲れ様」だった。

そしてその夜。
混乱した気持ちのまま、
スマホに残していたメモが
これだった。

親父が今日亡くなりました。正直、実感が全く出ないっていう気持ちもあるし、やり切ったっていう気持ちもあるし、ホッとしてるところもある。最近お団子の食べ過ぎで体調崩したり、ちょっと倒れたりするたびに気になって、そこに気を回さなきゃいけないことから解放されたことに
ホッとしている自分もいる。
これからは、もうそれをしなくていいんだと思うと、
ホッとしたっていうのが正直なところなのかな。
魂は、肉体がなくなっただけで、まだあるし、
それがまた巡ってくると思う。あそこに帰れるんだと思ったら、
「おめでとう」ってお疲れ様。よく頑張ったね。
地球での冒険は楽しかったかな。親父に思う気持ちは色々ある。
ただ、親父の子に生まれて良かったと、だから今の自分があるって
いうのは、その通りだと思う。ありがとう。お疲れ様。
また会いましょう。

「地球での冒険」という視点

今読み返しても、「地球での冒険は楽しかったかな」という言葉が
しっくりくる。

父は真面目な人だったから、「遊び」なんて軽い言葉を使ったら
怒られたかもしれない。
でも、若い頃に山を登っていた父にとって、
人生そのものが
「険しい山を登る冒険」だったんじゃないかと思う。

家族を守ること、会社を守ること、
町会を守ること。
その全てが、父の魂が選んだ、
ハードだけどやりがいのある
「人生という名の大冒険」
だったのかもしれない。

そして「ホッとした」という正直な気持ちも、
家族だからこそ、言える言葉なのかもしれない。

一年たった今、思うこと

あの日の混乱した気持ちから一年
今の私はこう思う。

父の人生は、本当に「駆け抜けた」という表現がぴったりだった。
最後まで「守る人」として、
人生という険しい山を登り切った
冒険者だった。

色々あったし、怖かったし、
理不尽だと思ったことは
多々ある。それでもやっぱり、

父の子に生まれて、良かったよ。

会社員と趣味に夢中になって、
いつか世界中の遺跡を
巡りたいと願うこの冒険心も、
忙しない性格も、責任感の強さも、
面倒見の良さも
間違いなく父から受け継いだ冒険者魂。

オヤジ、そっちの世界はどうですか?
私は相変わらず、こっちで精一杯「自分の地球での冒険」を続けてるよ。
オヤジに負けないくらい、
ちゃんと駆け抜けてみるわ。

本当にお疲れ様でした。
またいつか、どこかで会いましょう!

*桜並木をよく散歩していた父、2年前に撮影した近隣公園の桜の写真があったので冒頭に掲載しました。その公園にもよく行っていたので、懐かしい思い出です。

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