🏮迎え火の最後尾に、父がいる✨
こんばんは、みきです❤️
今日は、我が家で迎え火を炊く日だ
父が亡くなって、二度目のお盆になる
火をつけながら、ふと思った
父はちゃんと帰ってくるだろうか
迎え火は、ご先祖さまが迷わず帰ってこられるように焚くものだという
そう聞くと、少しだけ心配になる
迷って帰って来れないということではなく
お節介をして帰ってくるの忘れるんじゃ。。。。
もともと、よく喋る人だった
学生時代弁論部にいたというだけあって
理論整然と捲し立てるのだ
しかも、ただ喋るだけじゃない。
場を見て、口を出して、段取りして、ついでに仕切る
だからきっと、あちらの世界でも同じなのだと思う
「お前はそっちじゃねえ」
「ほら、あんたの家はあっちだろ」
「ちゃんとついて行けよ」
そんなふうに、周りの人たちに次々と指示を出していそうだ
自分が帰ることより先に、みんなを送り出す
初めてのお盆で戸惑っている人がいたら
なおさら放っておかない気がする
それで、ようやくひと通り案内し終えてから
「よし、じゃあ俺も帰るか」
と振り返る。
そこで初めて、父は気づくのだ
「あれ、もう火、消えてんじゃねえか」
たぶん、そんな感じだと思う
そう想像したら、なんだかおかしくなってしまった
お盆というと、しんみりした時間のようでもあるけれど
父を思い出すと、どうしても少し笑ってしまう
悲しいとか、寂しいとか、もちろんそういう気持ちがないわけじゃない
でも、それだけではないのだ
亡くなった人を思い出すというのは
いなくなったことを数えることだけじゃなくて
その人らしさを、もう一度家の中に戻してくることなのかもしれない
口調とか
癖とか
「こう言いそうだな」という場面とか
そういうものを思い出していると
姿は見えなくても、その人はちゃんと帰ってきている気がする
迎え火の役目は、道しるべを作ることなのだろう
でも、火を見つめるこちら側にとっては
「今年も帰ってきていいよ」
と伝える合図でもあるのだと思う
オヤジへ
みんなの世話を焼くのもオヤジらしいけれど
あんまり最後になりすぎないで、今日はちゃんと帰ってきてね
もし火が消えていたら、たぶんこう言うのだろう
「まったく、先に消すなよ」
でもきっと、文句を言いながらでも帰ってくる
迎え火の最後尾に、父がいる
そんなお盆も、少し面白くて、悪くない
みなさんはどんなお盆をお過ごしでしょうか?
皆さんの大切な人も、寄り道せず帰って
きていますように。
最後までお読み頂き
ありがとうございました✨
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