「リーチすれば売れる」は本当か?PR・マーケティング視点で考える、なぜスーパーで急に酸辣湯麺が食べたくなったのか
スーパーで、急に酸辣湯麺が食べたくなった
スーパーで、ふと「酸辣湯麺」の即席麺が目に入りました。
すると急に食べたくなって、気づけばカゴに入れていました。
でも家を出る時点で、私は酸辣湯麺を欲していたわけではありません。
「今日は酸辣湯麺の気分だな」と思っていたわけでもない。
それなのに、見た瞬間に欲しくなった。
この感覚を考えていると、「人の欲求はどう動くのか」
を整理するヒントがある気がしました。
欲求は、“新しく生まれる”だけではない
広告やPR(Public Relations)は、「人を新しく欲しくさせるもの」として語られることが多いです。
もちろん、それもあると思います。ただ実際には、
“もともと存在していた欲求が、接触によって再び動く”
ケースもかなり多いのではないか。最近、そう感じています。
私はこれを、仮に
“欲求の再点火” と呼んでいます。
酸辣湯麺は、「記憶」を再生していた
今回の酸辣湯麺も、完全にゼロから欲しくなった、というより、
以前食べた記憶が、刺激された感覚に近かった。
頭の中には既に、
美味しかった記憶
酸味と辛味の印象
食後の満足感
が残っていた。だから、
店頭で見かけた瞬間に、その記憶と感情が再生され、「食べたい」が立ち上がった。
そんな動きだった気がします。
「リーチが取れたのに売れない」が起きる理由
企業の広告・PRでは、「もっとリーチを取ろう」という話になりやすい。
ここで言う“リーチ”とは、
「どれだけ多くの人の目に触れたか」
という意味です。
つまり、広告やSNS投稿が、どれだけ広く届いたか。マーケティングでは、
非常によく使われる指標です。
もちろん、その情報に接触されなければ、知られなければ、選ばれません。ただ、実際の購買行動を見ていると、少し違う動きもある気がしています。
重要なのは、単に“見られた回数”ではなく、
「その接触が、どんな記憶や感情を再生したか」ではないでしょうか。
リーチは、「露出量」だけではない
例えば、
過去に使ったことがある
食べたことがある
好きだった記憶がある
良い印象が残っている
カテゴリー理解がある
商品は、接触だけでも動きやすい。
なぜなら、生活者の中に、既に感情記憶が存在しているからです。
逆に、
未体験
理解不足
カテゴリー自体が曖昧
な商品は、単純に露出を増やすだけでは、
動きにくいこともある。
つまり、同じ“100万リーチ”でも、中身は全く違う可能性があるのです。
広告・PRは、「欲求の再生装置」でもある
もしこの仮説がある程度正しいなら、広告・PRの役割も少し違って見えてきます。
広告・PRは、
新しい欲求を作るだけではなく、“既に存在している感情や記憶を、再接続する行為”として機能している場合もある。
だから、成熟ブランドほど、
目に入る
会話に出る
SNSで見かける
こと自体に意味が生まれる。
“好き”の記憶が、既に生活者の中にあるからです。
「認知を取れば売れる」のではない
もしかすると、リーチとは、単なる露出量ではないのかもしれません。
生活者の中にある記憶や感情と、どれだけ再接続できるか。
その量こそが、実際の購買行動に強く影響している場面も、
かなり多い気がしています。
つまり、リーチとは、
“どれだけ広がったか”ではなく、“どれだけ欲求と接触できたか”なのかもしれない。
企業のPRやマーケティングでは、「まず広げる」が優先されやすい。
でも実際には、
その商品は、既に記憶資産を持っているのか
“再点火”が起こる状態なのか
そもそも欲求の初期形成が必要なのか
によって、設計すべき施策はかなり変わる気がしています。
最近は、そんな「生活者の欲求の動き」と、企業側の施策設計のズレに興味があります。
スーパーで酸辣湯麺を見ながら、そんなことを考えました。
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