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5章 コラム:開発(かいはつ)か、開発(かいほつ)か。—成長のかたちを問い直す

「開発」と聞いて、あなたはどんなイメージを思い浮かべるだろうか?

都市の再開発、大型ショッピングモールの建設、新興国への経済支援——どれも「成長」や「発展」の象徴のように語られる。でも、ちょっと待ってほしい。その「開発」は、本当に“望ましい成長”なのだろうか?

実は、「開発」には2つの読み方がある。ひとつは「かいはつ」。もうひとつは「かいほつ」。同じ漢字を使いながら、まったく違う意味を持っている。


開発(かいはつ):外から押し付ける成長

この「かいはつ」は、英語の development に近い。未開の土地や社会に、上から「発展の型」を当てはめていくスタイルだ。

たとえば、戦後アメリカが掲げた「未開発国への開発援助(development aid)」は、まさにこの発想だった。「貧しい国々に、欧米の価値観に基づいた発展を提供してあげよう」という、どこか“上から目線”の善意である。そこにあるのは、「未熟なものを成熟させるべきだ」という思い込みであり、場合によっては自然環境や地域文化を犠牲にしてでも推し進められる「開発」だ。

成長のために山を削り、川をせき止め、数値で示されるGDPがすべて——それが「かいはつ」の論理である。


開発(かいほつ):内側から芽吹く成長

一方、「かいほつ」は仏教由来の考え方で、**「内なる力を開く」**という意味を持つ。種が芽を出すように、人や社会の中に眠る可能性を、無理なく引き出していく。外から「こうすべき」と命じるのではなく、その場にある力を信じて、静かに育てていく

たとえば、江戸時代の日本の農村社会は、まさに「かいほつ」に近い形だった。自然と調和しながら、水の流れを活かし、四季のリズムと共に暮らす。近代化とはまた違う、“持続可能”で“文化的”な成長がそこにはあった。


今こそ「かいほつ」の時代へ

これまでの時代は、「発展=経済成長=かいはつ」であり、たくさん作って、たくさん売って、たくさん稼ぐ社会を目指してきた。

でも、人口が減り、資源も限られ、環境が危機的な時代に突入した今、私たちは新しい“成長のかたち”を模索する必要があるのではないか?

成長とは、必ずしも「数値」で測るものではない。

暮らしが豊かになったか。
人と人の関係が深まったか。
次の世代が「ここで生きたい」と思える社会になったか。

そうした“目に見えない変化”こそが、これからの「開発(かいほつ)」の指標になるのではないだろうか。

外から与えられた型ではなく、内側から湧き上がる力を信じること。

成長とは、芽を引き伸ばすことではなく、土の中でじっと根を張ることから始まるのかもしれない。

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平井 良明 このエリアをお読みいただきありがとうございます。 よろしければ応援お願いします! いただいたチップは活動費に使わせていただきます!