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感謝から世界を見る習慣、3年目に突入して思うこと

毎日「ありがとう」を書くワークを始めて、
気がつけば3年目に入りました。

希望者を募って、続けてるのですが、
毎日きっちり続けられている人もいれば、
途中でお休みしたり、また戻ってきたりする人もいます。
実はそれでいいと思っています。

完璧に続けることよりも、
“ありがとうに意識を向ける時間を持つ”こと自体に意味があるからです。

このワークを続けている方からは、こんな声をいただいています。

・物事の捉え方が変わりました
・心が穏やかに過ごせる日が増えた
・人間関係の感じ方も変わりました

忙しくて振り返れない日もある。
書けない日もある。
でも、「できれば続けたい」と思える習慣になっている。

説得力のある言語化ができないのがもどかしいのですが、
そのくらい、続けている人にとっての
「世界の見方」が変わっているんです✨


見るものが変わると、感じ方が変わる

ありがとうのワークは、特別な出来事を探すものではありません。

  • 今日、空がきれいだった

  • 子どもが笑っていた

  • ご飯がおいしかった

  • 無事に一日が終わった

そんな小さなことを、言葉にしてます。

でも不思議なことに、
書き続けていると「幸せの総量」が増えたように感じています。

それって実際には、幸せが突然増えたのではなくて、
幸せに気づく視点が育ってくるのだと思っています。

人は、意識を向けたものを見つけやすくなります。
本当にそういうことだ!って実感しているんです。


アルバムに言葉を綴ることも、同じ作用がある

そして、
私が16年続けてきた、
アルバムにメッセージを書き続けることにも、
まったく同じ作用があるとわかってしまったんですw


写真を選び、言葉を添えるとき、私たちはこんなふうに問いかけています。

実際には問いかけている、というよりは
そういう観点から無意識に書き出している、というほうが正確かも。


「この人に、何を伝えたい?」
「この瞬間の、どんな気持ちを覚えていたい?」


つまりそれは、
出来事に意味を与え直す作業なんですよね。

ただ過ぎていく一日が、
伝えたい一日”に変わる。

ただの記録が、
あたたかい記憶”に変わる。

ありがとうのワークが
日々の心のピントを整える習慣だとしたら、

メッセージ付きのアルバムは、
人生の記憶のピントを整える習慣だと思っています。


3つ書けない日があってもいい

「ありがとうを3つ書く」という形にしています。
でも続ける中で色んな日があるんです。

感謝が3つどころか溢れてきて、
3つに絞らなくちゃ、とまで思う日もあれば、
いろんなことが起きて
1つだって出てこない。


1つでもいい。
一言でもいい。
今日は書けなかった、でもいい。

ゼロより、ひとつ。
完璧より、継続。

出入り自由で、戻ってきてもいい場所。
それがこのワークの空気感です。


小さな言葉が、心の向きを整える

感謝は、性格ではなく、才能でもなく、
向ける視点のトレーニングだと思っています。

書くことで、気持ちの向きが整う。
言葉にすることで、心が落ち着く。

そしてそれは、
未来の自分や、大切な誰かへの贈り物にもなります。

今日も、小さなありがとうをひとつ。
それだけで十分だなーと感じています♡


本日もお読みいただき、ありがとうございました♡


写真の力で“ごきげんに生きる”を育てています。
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