「困った人」から「困っている人」へ強度行動障害を見る目を変える
強度行動障害のある方への支援に携わっていれば、毎日のように頭を壁に打ち付ける利用者さんを前に、怪我をさせないよう必死で体を支えながら、心の中で「どうしてこんなことになってしまうんだろう」と途方に暮れた経験が、誰しも一度や二度はあるのではないでしょうか。「またパニックを起こしてしまった」「私の関わり方が悪かったんだろうか」。自傷や他害、物を壊すといった行動を目の当たりにするたび、支援者は無力感を覚えます。何とかしてあげたい一心で声をかけ、なだめ、時には毅然とした態度で接してみても、状況はなかなか良くならない。むしろ日に日に悪化していくようにさえ感じられる。
強度行動障害の方への支援は、今では強度行動障害支援者養成研修や行動援護従事者研修などで整理され体系化されてきました。研修の講師もさせてもらうことが増えてきたので、今回は、日本における強度行動障害の歴史的な変遷、行動が起きるメカニズム、そして科学的根拠のある支援方法について、あらためて調べ直してみました。「なぜ、良かれと思ってやっている支援が、逆に本人を苦しめてしまうことがあるのか」「現場で明日からどう視点を変えていけばいいか」という個人的な考察を交えて、「自分の現場だったらどうだろう」と考えながら読んで頂けたらと思います。共に現場で悩み、学んでいる同志として、少しでもお役に立てれば嬉しいです。
1.強度行動障害とは何か――歴史が教えてくれること
まず前提として押さえておきたいのは、強度行動障害というのは、実は医学的な診断名ではありません。自閉スペクトラム症や知的障害そのものを指す言葉でもなく、本人の障害特性と周囲の環境がうまくかみ合わないことで、自傷や他害、物を壊す、異食、睡眠の乱れといった行動が、普通では考えられないくらいの頻度と強さで出てしまっている状態を指す言葉です。これは厚労省の資料や各自治体の説明でも共通して使われている整理の仕方です。
この言葉が生まれるまでの経緯を見ると、支援の現場が長い間手探りだったことがよくわかります。強度行動障害という名前が正式に使われ始めたのは1980年代後半ですが、その約20年前、1960年代後半にはすでに「動く重症児」という言葉が登場していました。1970年には中央児童福祉審議会が、知的障害があって激しい異常行動を伴う子どもは「重度精神薄弱児収容棟」や重症心身障害児施設で、精神医療の機能を強化しながら対応すべきだという意見をまとめています。ただ、これは決して簡単な話ではありませんでした。この頃の記録を見ると、「動く重症児」に有効な対応策はなかなか見つからず、その後も長く「対策の確立」が要望され続けています。
同じ頃、少し違う方向からのアプローチも始まっていました。1969年、東京都の梅ヶ丘病院、大阪府の中宮病院、三重県の高茶屋病院という3つの公立病院に、自閉症児のための施設が試験的に設置されます。ここでは精神医療を中心に、教育・心理・介護のチームで療育を行う形が取られました。ところが、当時この病院の状況を記録した資料によると、知的障害の重い子どもの入院希望理由は「落ち着きがない」「不潔行為がある」「反抗的」「不眠」といったものが多く、知能検査ではIQ30以下の重い症例がほとんどでした。しかも興味深いことに、親としては精神病院より知的障害の施設を希望する人が多かったものの、施設側からは「動きが激しい子は精神病院でないと無理」と断られてしまうケースが目立ったと記されています。裏を返せば、精神病院側でもこうした重い症例に治療効果は期待しにくいという見方が実際にはあったようです。つまり、医療も福祉も、お互いに「うちでは難しい」と考えていた人たちが、実際に一定数いたということになります。
正直、この歴史を読んでいて驚きました。もし今、本人の行動を「治療できないもの」として突き放したり、力で抑え込んで対処しようとしたりしていたら、それは今の基準に照らせば虐待として扱われる可能性が高い対応です。このあたりは次回、詳しく触れたいと思います。つまり、私たちが今「当たり前」だと思っている支援の視点は、最初からあったものではなく、何十年もかけて少しずつ積み上げられてきたものです。
1988年に「強度行動障害」という名称が正式に付けられたとき、その定義には「精神科的な診断のカテゴリーとは違うものであること」、そして「家庭で普通の育て方をして、十分な養育努力をしても、なお対応が困難な状態が続いていること」という2つの要素が盛り込まれていました。地味な言い回しですが、ここには結構大事な意味が含まれていると思います。「本人のせいでも、育て方のせいでもない」という前提が、この定義にはっきりと書き込まれたということです。ここから、「本人を変える」のではなく「環境を変える」という発想への転換が少しずつ進んでいったと考えられます。
2.未学習・誤学習――良かれと思った関わりが、行動を強化してしまう瞬間
強度行動障害に見られる激しい行動は、障害そのものが原因というより、障害特性と環境のやり取りの中で後天的に作られていく部分が大きい、と言われています。そのカギになるのが「未学習」と「誤学習」という考え方です。厚労省の報告書でも使われている整理で、いろいろな研修機関の資料でも共通して出てくる枠組みです。
「未学習」というのは、本人の能力が足りないということではありません。そもそも、その場に合った適切な行動を、誰かから教えてもらう機会がなかった、ということです。不安なときにどう気持ちを落ち着けるか。嫌なことがあったとき、どう待てばいいか、どう切り替えればいいか。自分の不快感や要求、体の痛みを、どんな方法で周囲に伝えればいいか。こうした「その場に応じた振る舞い方」そのものを、本人はこれまで誰からも教わってこなかった可能性があります。教わる機会がないまま、見通しの持てない環境や感覚的にしんどい環境に置かれ続けると、本人は自分なりのやり方で気持ちを表そうとします。ただ、その「自分なりのやり方」の引き出しが少ないと、強い不安やパニックという形でしか表現できなくなってしまいます。
そして、そのパニックの中で頭を打ちつけたり噛みついたりする行動が出たとき、周りが驚いて要求を叶えてしまったり、嫌な活動を中断してしまったりすると——本人の中では「この行動をすれば、嫌な状況から抜け出せる」という結びつきができてしまいます。これが「誤学習」です。行動分析学の考え方でも、行動の後に「嫌な状況から逃げられた」という結果が続くと、その行動が繰り返されやすくなるとされていて、支援の現場ではこの仕組みを踏まえて対応方法を考えていくことが基本とされています。
現場でよくあるのが、こういうケースです。作業中に利用者さんが職員の腕をつねる。職員は「痛い!」と大きな声を出して、その場で作業を止め、声をかけ続ける。これだけ見ると「ちゃんと対応している」ように見えます。でも、もしこの行動の機能が「注目」——つまり職員の関心を引きたいというものだったとしたら、話は変わってきます。大きな反応と、声かけが続くという状況そのものが、本人にとっては「望んでいた結果が手に入った瞬間」になってしまっている可能性があるんです。行動分析の考え方では、行動の「前」に何が起きたかより、「後」に何が起きたかを見ることで、その行動が何のために起きているのかがわかるとされています。
ここで大事なのは、「反応しない」ことと「無視する」ことは、似ているようでまったく違うという点です。支援の現場で使われる「消去」という対応は、本人を突き放すことではなく、その行動の前後で環境に変化を起こさない、という話です。ただ、この違いを頭でわかっていても、いざ目の前で腕をつねられると、「ちゃんと反応してあげなきゃ」という気持ちが自然と出てきます。それ自体は間違った感覚ではありません。ただ、その気持ちが、行動の機能をきちんと見極める作業の邪魔をしてしまうことがある——これは、私が現場で支援をしていて、正直もどかしさを感じる部分です。
もう一つ、私が現場で感じてきたのは、この誤学習が「固定化してしまうまでの時間」についてです。一度や二度、要求が通ったくらいでは、まだ行動として根付いていないことが多いように感じます。でも、同じパターンが繰り返されるうちに、本人の中でその行動が「一番手っ取り早く、確実に効く手段」として学習されてしまう——これはあくまで私自身の実感ですが、現場ではよく見かける流れです。ここまで来てしまうと、代替の行動を教えるだけでは簡単には切り替わりません。相当丁寧な計画と、それなりの時間が必要になります。実際、厚労省の資料でも、行動が悪化してから対応するのではなく、普段から強度行動障害を引き起こさなくてよい支援を続けること、つまり予防的な関わりの重要性が指摘されています。だからこそ、「あれ、この対応ちょっとまずいかも」と気づいた初期段階での介入が、何よりも大切なんだと思います。
3.氷山モデル――水面下を見に行くという仕事
自閉症支援の世界で昔からよく使われている考え方に、「氷山モデル」があります。これまで見てきた誤学習の仕組みとあわせて、支援者が何を見るべきかを整理してくれるものです。パニック、自傷、他害、物を壊すといった、目に見える行動は、海面から出ている氷山の一角にすぎません。その一角だけを直接止めようとする対応は、たいてい長続きしません。
氷山モデルでは、水面下を大きく「本人の特性」と「環境・状況の影響」という2つに分けて考えます。「本人の特性」の中には、たとえばASDならではの理解や認知のクセ、感覚の過敏さや鈍さ、次に何が起こるか分からないことへの不安、気持ちをうまく伝える手段の乏しさなどが含まれます。加えて、てんかんや睡眠の問題といった体調面が、行動に影響していることも少なくありません。こうした水面下の部分が、目に見える行動を引き起こしている根っこの部分だと考えられています。
強度行動障害の支援では、その氷山モデルを意識した本人の特性や行動の背景を整理し、支援をたてる「支援計画シート」と、実際の対応を具体的に書き出す「支援手順書」という、役割の違う2つの書類が使われます。支援計画シートで「なぜその行動が起きるのか」「ではどんな支援が必要か」を整理したら、支援手順書はそれをもとに、日々の活動を時間単位・場面単位まで具体的に書き出し、誰が対応しても同じ関わり方ができるようにするための、いわば実際の行動マニュアルです。対応がスタッフによってバラバラだと、本人にとって世界の予測がつかなくなり、それ自体が不安の原因になってしまうためです。
この2つの書類、単なる現場の工夫にとどまらない側面もあります。生活介護やグループホームなどで算定される「重度障害者支援加算」では、行動関連項目の合計点数が一定以上ある利用者さんについて、実践研修修了者が作成した支援計画シートと支援手順書の整備が算定要件の一つになっています。
支援計画シートを作るとき、私が現場で意識してきたのは、この「水面下」を具体的な項目に落とし込むことです。たとえば感覚特性なら、「特定の音(掃除機の音、他の利用者さんの声など)にどう反応するか」「特定の触覚(生地の種類、髪や耳への接触など)に対する拒否反応」を、一人ひとり個別に記録していきます。体調面では、便秘や生理痛、歯の痛みといった、本人が言葉で訴えられない身体的な不調が行動の引き金になっていないか、排便記録や食事量の変化と突き合わせて確認します。実際、こうした排泄面や体調面の変化は、強度行動障害の症状として挙げられることも多く、行動の背景を探るうえで見落とせないポイントです。地味な作業ですが、意外と見落とされがちなポイントだと感じています。
4.ABAの機能分析――4つの視点と、現場でよくあるすれ違い
応用行動分析(ABA)では、行動を「先行事象(きっかけ)」「行動」「結果」という、いわゆるABCの枠組みで捉えます。そのうえで、その行動が本人にとってどんな役割(機能)を果たしているのかを、主に4つに分けて考えます。要求・注目・逃避・自己刺激の4つです。
要求機能の行動には、泣き叫んでも要求には応じず、絵カードなど適切な代替手段を教えて、それに対してのみ応じる、というのが基本の方向性です。ただ現場では、忙しさのあまり「泣かれると面倒だから、とりあえず渡してしまう」という対応が起きがちです。これを繰り返すと、代替手段を教える機会そのものが失われていきます。
注目機能の行動については、危険がない限り反応を控え、適切な行動をしているときにこそ積極的に褒める、という対応が基本になります。ただ、先ほども触れたように、「反応しないこと」は「無視すること」とは違います。声はかけないけれど、安全は確保しながら見守る——この線引きをチーム全体で揃えるのは、言葉で言うほど簡単ではありません。
逃避機能の行動には、課題の難易度を下げたり、休憩を挟んだり、見通しを持たせたりといった、行動が起きる前の環境調整が有効とされています。現場でよくあるすれ違いは、「休憩したい」というサインを本人が出す前に、支援者が「疲れてそうだから」と先回りしすぎてしまい、結果的に本人が自分で意思表示する機会を奪ってしまうケースです。適切なタイミングで、適切な粒度の見通しを渡すバランス感覚が問われます。
自己刺激機能の行動は、身体的・精神的な苦痛を取り除きつつ、安全で適切な代替の感覚刺激を提供する、という方向性になります。ここで大事なのは、「その行動をやめさせる」ことではなく「なぜその刺激を必要としているのか」を考えることだと感じています。
5.構造化――「貼っただけ」で終わらせないために
環境の構造化には、空間の構造化、時間の構造化、課題の構造化という3つの軸があります。(TEACCHプログラムでは違う言い方がありますが、ここでは割愛します。)それぞれの狙いは、本人が「次に何をすべきか」を直感的に理解できるようにすることです。
ここで一つ、見落とされがちな大事なポイントがあります。構造化はもともと「Structured TEACCHing」という英語の日本語訳で、TEACCHプログラムの理念では、環境を整えることと、必要な行動や仕組み、やり方を「教える」ことは、最初からセットになっているものでした。ところが現場で「構造化」という言葉だけが広まった結果、いつの間にか構造を整えることそのものが目的化してしまっているケースをよく見かけます。環境さえ整えれば、あとは魔法のように利用者さんが動けるようになる、というわけではありません。整えた構造をどう使えばいいのかを、きちんと教えるというプロセスがあって、はじめて構造化は機能します。
正直に言うと、私はこれまでの現場で「構造化が形だけになっている」状況を何度も見てきました。スケジュール表は壁に貼ってあるけれど、内容が数か月前のまま更新されていない。空間は区切られているけれど、実際の運用では休憩スペースに作業道具が置かれていて、本人にとっての意味づけが崩れてしまっている。手順書はあるけれど、支援者によって声かけの量がバラバラで、結局はその人任せの対応になっている——こういったケースです。構造化は「一度作って終わり」ではなく、本人の状態やスケジュールの変化に合わせて、継続的に見直し続けるものだと思います。むしろ、更新され続けているかどうかが、その構造化が本当に機能しているかどうかを見極める、ひとつの目安になるのではないでしょうか。
6.おわりに――思考の変容と、次回への橋渡し
この記事を書きながら、あらためて感じたのは、強度行動障害という状態像は、本人の「性格」や「重さ」の問題ではなく、環境とのミスマッチが積み重なった結果だということです。当たり前のように聞こえるかもしれませんが、日々の忙しさの中で、この視点を持ち続けるのは決して簡単なことではありません。「困った行動」ではなく「困っている本人からのサイン」として行動を見る。この視点の転換が、結果として支援者自身の関わり方を変え、本人の生活の質を大きく左右していくのだと思います。
次回は、この個人・現場レベルの視点から少し視野を広げて、「事業所任せにしない支援」というテーマで書いていこうと思います。虐待防止のための身体拘束に関する考え方や、令和6年度の報酬改定で新しくできた「集中的支援」「中核的人材」「広域的支援人材」といった制度について整理していく予定です。グループホームなどでは、地域の関係者を含めた外部の目を定期的に入れる「地域連携推進会議」の設置も始まっています。一人の支援者、一つの事業所だけで抱え込まない仕組みが、少しずつ日本でも整い始めていることを、次回お伝えできればと思います。
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