反・虚妄ファッション
先日、黒いカットソーに柄物のスカートという出で立ちでいたら、知り合いが褒めてくれた。
「このスカートの柄、どこかで見たことあるような……」と知り合いが言うので、「去年か一昨年、ユニクロで買ったmarimekkoとのコラボのやつ。すごく売れたらしいから見覚えがあるのかも」と答えた。
すると知り合いはわずかにあわてた様子を見せて、言った。
「で、でも、ちなみさんが着るとユニクロに見えないね! もっと高く見える」
ただそれだけのやりとりだ。わたしはお礼を言って、その場は終わった。
けれど、ふと思う。「あなたが着ると高く見える」という発言が褒め言葉として機能するようになったのは、いつごろからなのだろう。
わたしはわたしの好きなものを着ていたい。別に高く見えなくてもかまわない。
ときどき、現代の装いは、虚妄に基づいた営みなんじゃないかと思うことがある。虚妄とは、嘘やいつわり、はたまた仏教では迷いから来る錯覚的な世界観を指す。
いつのまにか「高見え」という言葉が当たり前のものとしてファッション誌やSNSに登場するようになった。手頃な価格にもかかわらず、高価に見える洋服がもてはやされる傾向にある。
本来のおしゃれって、「高くないものをいかに高く見せるか」ではないはずだ。その人に合った、その人をいちばん魅力的に見せるための洋服や装飾品を組み合わせる過程と工夫がおしゃれをするということなんじゃないか、とか思う。
わたしは別におしゃれな人間でもない。ただ、自分に合う、そして自分が心地よいと思うものを着て暮らしていきたい。「この形のスカート、気分が上がるんよねえ」、そう思いながら過ごす一日は楽しい。そんな毎日を淡々と重ねていくことが、人生のひとつのあり方のような気がしている。
高くなくても、高くても、わたしに鼻歌を歌わせる装いは、大成功。
そういう心意気でいたいなあ、と思っている。
