ひとめぼれから7年
7月15日から世界陸上が始まります。
この時期、35年ほど前の、私がまだ学生だった頃を思い出します。
少し長いお話ですが、よかったらお付き合いくださいね。
高校の真新しい制服に身を包み、はじめましての教室で一番最初にできた友達は、エミ(仮名)。彼女とは苗字が似ていて、席が前と後ろの関係だった。
「ねえ、どこの中学校出身なん?」
そんなやりとりから、一緒に休み時間を過ごしたり、お弁当を食べたりするようになって、一番の仲良しになった。
二人で同じ部活に入ろうと盛り上がり、放課後、一緒に部活見学をすることにした。
彼女は中学時代、体操部だった。私はソフトボール部。
ところが、私たちの通う高校にはどちらの部活も無かった。
何か運動をしたい、という気持ちがあったので、運動部を順番に見て回った。外に出てグラウンドを見渡すと、サッカー、ラグビー、野球、テニス、ハンドボール、陸上と、多くのクラブが、ひしめき合って練習をしている。
私たち二人は、ある人に目が釘付けになった。
「あの人、めっちゃきれいやな。」
「ほんと、めっちゃかっこいいよな。」
陸上部がスタートダッシュの練習をしている中に、その女性はいた。
栗色の長い髪に整った顔立ち。スタイルもズバ抜けて良い。走るフォームは大きくて美しく、駆け抜けたあとの笑顔がまぶしい。
「ねえ、あの先輩と知り合いになりたいよね。」
エミの言葉に、私も大きく頷く。
私たちは、先輩に一目惚れをした。
私たちの陸上部への入部の理由は、そんな不純な動機だった。
好きになるって、人間の正しい判断を狂わせるようだ。
陸上部は「走ることが好きな、比較的足の速い人が、基本的には走ってばかりの練習をする部活」ということを、私たちは全く考えていなかった。
憧れの先輩は、小雪先輩(仮名)。短距離が専門だった。
エミは、自分の専門種目に、迷うことなく短距離を選んだ。
ところが私は、短距離走は幼い頃から遅いほうだった。
さすがに、短距離で勝負するには無理がある。伸びしろがどうこうのレベルではないのだ。
そこで、短距離よりは少しだけ自信があった長距離を、自分の種目に選んだ。
しかし、その安易な考えが失敗のもとだった。
長距離の練習は、毎日ひたすら走る。
1000mを5本、3000mを2本などのタイムを計ったり、坂道を20本ダッシュ、10kmを軽くジョギングするなど、恐怖のような練習メニューが顧問の先生から日々与えられるのだ。
雨が降ることをいつも願った。
好きで拷問を受けるようなものだと思った。
しばらくは、練習を半分もこなすことができなかった。
しかも、長距離の女子は私一人。
最初は数人いた長距離の女子も、どんどんやめてしまい、私はただ一人、選手で残ってしまった。
長距離チームは先輩も同級生も含めて20人以上いたが、そんな男子のなかで、私はダントツでビリを走る日々。
グラウンドが狭い学校だったので、200mのトラックをつくるのがやっと。その中でサッカー部もラクビー部も混み合って練習をしていた。
だから、タイムを計るたびにサッカー部とラクビー部に一声かけて、いったん練習を止めてもらう。そこを、半袖と短パン姿の私は、集団の最後尾をキープしながら走るのだ。
サッカー部の友達からは、
「おまえ、いつもタコみたいな赤い顔して一番ケツを走っとるな。」
と笑われるし、たまにサッカーボールが体に飛んでくるし、散々だった。
「やめたい」という気持ちを持ちながら、そこは私の負けず嫌いが邪魔をする。
でも、慣れとは不思議なもので、だんだん仲間たちと練習することが楽しくなり、男子との練習で記録が伸びるとさらに嬉しくて、いつの間にか、走ることが好きになってしまった。
結局、高校時代の私は、真っ赤になって走り続ける「タコ女」、日焼けして真っ黒の「カングロJK」だった。
一目惚れした小雪先輩とも親しくなった。
合宿では、先輩の隣で寝るのをエミと取り合ったり、部活の休憩中はいっぱい先輩ともおしゃべりをしたり。
「琲音!」と先輩に呼び捨てで呼ばれるたびに、心でガッツポーズをしていた。
先輩と親しくなれたので、私たちの部活への目標は達成した、と思っている。
そして大学に入学した頃、私は真っ白の子ブタちゃんになっていた。
受験勉強中、走っていたときと同じように食べてしまい、プクプクに。
心配したガングロ日焼けも、もとの色白に戻っていた。
花の女子大生なので、キャピキャピとサークル活動をすることを夢見て、「真っ黒になって走るなんて、もう嫌だ!」と思っていた。
同じ学部の友人たちと、広いキャンパスを散策していると、立派な陸上競技場が目の前に見えてきた。
400mのトラックがあり、トラックの中もまわりも芝生が張られていた。
ここでなら、充分に競技大会ができるくらいの設備だ。
「おー、さすが大学、すごい競技場やなぁ。懐かしいわ、私、高校時代は陸上部だったから。」
そんな友人との会話の最中に、聞き慣れた声がした。
「琲音~!おー、久しぶりやん!もしよかったら、ちょっと手伝ってくれやん?」
小雪先輩だ。
相変わらず美しい。
小雪先輩も同じ大学だとは知っていたが、まだ陸上を続けていたとわかり、とても驚いた。
友人には先に帰ってもらい、私は競技場へ足を踏み入れた。
小雪先輩が駆け寄ってくれて、しばらく懐かしさで二人が盛り上がった。
「悪いけど、今日はマネージャーが足りやんから、長距離の練習を手伝ってあげて。途中のラップタイムを読み上げてくれたらいいからさ。」
「いいですけど、わたし、こんな格好ですよ。」
私は、ワンピースを着て、革靴を履いていた。
他の先輩方も、はじめはものめずらしそうに私を見ていた。が、そこは大学!
新入部員勧誘のために、いろんな先輩たちが私に、ちやほやしてくる。
「ありがとうね!小雪の後輩?かわいいやん!」
「きれいな服やのに、ごめんな。手伝ってくれる?こっち来て来て。」
と、私は皆様にあたたかく迎えられながら、革靴でトラックに入っていった。
ストップウォッチを受け取り、言われたように、長距離の先輩たちのラップタイムを大声で読み上げた。
走る先輩たちの必死さも、筋肉も、かっこいい。
競技場の芝生や土の香りに、また、走り出したくなる。
久しぶりの陸上部の空気感が、心地いい。
私は裸足になって、チクチクする芝生を楽しみ始めた。
おいおい、私はサークルに入るんだ!もう、がっつり日焼けし、タコみたいな顔で走るのは嫌!・・・な、はず!でも、陸上競技はワクワクするなぁ。
そんなことを考えていると、小雪先輩が私に声をかけた。
「ありがと、琲音、助かったわ!明日からは、ジャージで来てな。」
え?
明日からも来るんですか、私・・・。
「とりあえず、高校の時のジャージでいいからさ。」
小雪先輩は、当たり前の顔で言ってくる。
そうじゃなくて、先輩。私はもう、走ることは・・・・。
でも、陸上は大好きだ。
走る仲間ってかっこいいし、お仲間になりたい気もする。
そして、小雪先輩も、先輩から呼び捨てで呼ばれるのも、大好きだ。
「はい、先輩、明日から来ます。でも、私もう、長距離は走れないかなと思うんで、マネ・・。」
そういう私に小雪先輩が笑顔で応える。
「じゃあ、中距離にする?」
そこ、マネージャーはダメですか・・・。確かに太ったし、しかたない、また走ったるか!
そして私は、大学でも4年間、400mの選手として、真っ赤になって、真っ黒に日焼けして、毎日走ることになる。
つまり、高校時代の一目惚れからスタートして大学卒業までの7年間は、未来の顔のシミのことを無視して、陸上競技にどっぷり浸かった日々だった。
でも、そのおかげで、大学の陸上部で夫と出逢うことができました。
あ、夫に一目惚れはしておりません。
小雪先輩、サンキューです。
シマダさんの「20才のじぶん」という記事で、「20歳の頃は何をしていましたか?」という質問に「陸上部で、真っ黒になって走っていました。」と私はコメントしました。
「聴くnote」では、コメント欄に届いた、クリエイターさんたちの幼い頃の夢、20歳のころのことなどを、シマダさんが紹介してくださっています。どれも、おもしろくて素敵なエピソードばかりです。
こちらの記事をきっかけに、私も学生時代の部活について書いてみました。
シマダさん、ありがとうございました。
長い文を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
