雨の名古屋、3列目。偽物のサインと、本物のギター。
水曜日、少し早めに仕事を切り上げた僕は、雨の高速道路を名古屋へ向けて走っていた。
最近仕事を早抜けしてばかりだな、と少しの罪悪感を覚える。けれどその感覚は、イヤホンから流れてくるクールな女性ボーカルの声にすぐにかき消されていった。
聴いていたのは Casablanca の「幌馬車の上の三人」。今日は CLUB UPSET で初めて彼らのライブを観る。
ピロウズが解散してから、生でさわおさんを見るのはこれが初めてだった。しかも Casablanca では、彼はリードギター&コーラスを担当している。
どんな雰囲気になるんだろう。
わくわくしながら、少しだけアクセルを踏み込んだ。
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スマートフォンの画面に電子チケットを表示して、僕は待機列に並んでいた。整理番号は50番。傘を差して来たけれど、傘立てはあるだろうか。
ライブに誘った後輩は少し遅れて到着するらしい。僕はスマホを操作して、Casablanca の新しいアルバムを流す。
雨は冷たく、3月も半ばだというのにまだ寒さを感じる。
周りを見渡すと、お客さんはほとんどが僕より年上のようだった。先日観に行ったハンブレッダーズとは全然客層が違うなぁ、と思う。
スタッフが開場を告げるアナウンスをする。ぞろぞろと前に進んでいく列に続いて、僕もゆっくり歩き始める。
ライブハウスに入る前のこの時間が、僕は結構好きだった。
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会場に流れていた曲が鳴り止み、客席の照明が落ちる。
僕はステージから3列目、ボーカルマイクの目の前にいた。キャパ250人の小さなライブハウスが拍手と歓声に包まれる。
Casablanca のメンバーがステージに登場した。
ボーカル YOKOさんの柔らかい雰囲気が、どこかリラックスした空気を作っている。入場 SE が流れる中、フロントの3人がゆっくりと楽器をチューニングする。
「こんにちは。Casablanca です」
その一言のあと「バラと狼のラプソディー」で、ライブが幕を開けた。
カントリーとオルタナとロックが気持ちよく混ざり合って、会場を揺らしていく。
数曲を聴いたところで、僕はもう、彼らの虜になっていた。
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なんて楽しいライブなんだろう、僕はそう思っていた。
MCの度に笑いが起こる会場。
自然と身体が揺れてしまう曲たち。
初めて聴く曲でも、ノレてしまう。
とくに、YOKOさんのMCが最高に楽しかった。
前日のライブの冒頭で「noodles です」と言いかけたエピソードや、まったく違うところで「次の曲は真也が歌うよ」と紹介してしまい「いや、次はYOKOちゃんだよ!」とメンバーに総ツッコミを食らったり。
久しぶりに作ったというグッズを紹介する場面では「あのキーホルダーなにに使うの?」とお客さんに聞いてしまったり。
天然というか、抜けているというか。
でも、そういうところも含めてすごくチャーミングな人だなと思った。
笑いが起こるたびにメンバーの仲の良さが伝わってきて、僕はなんだかとても幸せな気持ちになった。
こういうバンドって、素敵だ。
ダブルアンコールを含む19曲は、あっという間に過ぎていった。
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ライブが終わったあと、物販でベストアルバムと「例のキーホルダー」を買った。
YOKOさんが「キーホルダーだから、鍵につけたらいいんじゃない?」と、新しい発見でもしたかのような顔で話していたのを思い出す。
ドラムの真也さんと、新メンバーでベースの宮川さんが CD のジャケットにメンバー4人分のサインを書いてくれた。
…まぁつまり、そのうち2つはニセモノということだけれど。
さわおさんがMCで「He’s My Brother She’s My Sister みたいに、カントリーとオルタナを混ぜて、ちょっと変わったことがしたくて Casablanca を組んだ」と話していた。
ベスト盤を聴いたあとは、そっちも聴いてみようと思う。
遅れて来た後輩とようやく合流して、僕らは会場を後にした。
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外に出ると、まだ雨が降っていた。
車に乗り込み、スイッチを押してエンジンをかける。
さっきまで聴いていた音が消えないうちに、カーナビのCDプレーヤーにベスト盤を入れて、再生ボタンを押した。
「今日は一番ギターがうまく弾けてる」
ライブ終盤の MC でさわおさんが、嬉しそうに、でもちょっとだけ照れくさそうに、ぼそっと呟いていた。
今度、自分のライブで僕も言ってみようと思う。
完璧じゃなくても、上手くなくても、楽しいライブっていい。
ふとスマホに目をやると、友人から LINE が届いていた。
「ライブ終わった?」
うん、とだけ返信を入れて、僕はアクセルを踏み込んだ。
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