見出し画像

ゆだねる

身をゆだねたことがあるだろうか。

委ねるっていうのは
流されるとは、違う。

たとえば美容院で髪を切るときに
A「店長のセンスを信頼しているから任せる」
これは委ねる

B「イイ感じにして。考えるのは面倒くさい」
こっちは流されるに近い。

実の所AとBでカットの仕上がりは
ほとんど違いが無いのだけど
決定的に違うのは心の方向性

AとB、どちらも自分で決めてはいないのだけど
Aは自分で選んで任せている。
Bは自分で選ばず周りの状況に動かされる。

Aが自分で決めないことを決めているのに対して
Bは自分で決めないで決まってしまう

どちらもなんだか同じように見えるけれど
主体性があるか、ないかで考えるとわかるかも。
Aは主体性があって
Bは主体性がないって感じで。



さて、これを踏まえて
あなたは身を委ねたことがあるだろうか。

「この人にならついていける。一緒に歩める」と
自分の意思で決めたことが。

いや私は別に
「人に身を委ねることは素晴らしいぞ!」
なんてことを言いたいのではない。

人生に正解なんてないのだから
全部自分で決める生き方もアリだし
信頼する誰かに委ねる生き方も、アリ。

ただ、もしあなたにパートナーがいて
近づきすぎたゆえに
ぶつかることが増えてしまったときに

「まあいっか。私この人のこと好きだしな」

と相手の意見を取り入れるのも良いのではないか
ということが言いたいのである。
たとえ自分の意見があって納得いかなかったとしても。


ちょっと私の話になるけれど
私は私の就きたい職業に転職しようとしたことがある。
もちろん事前に嫁に話をして了承も取った上で。

そして内定が出ていざ転職!というところで
嫁から待ったがかかったのである。
「なんだなんだ、どうしたのだ?」と尋ねると
「実は転職してほしくない」という。

なんだって?
そんなこと言ってなかったじゃないか
なんで今更そんなことを言うのだ
だいたい内定が出てるのだぞ
…的なことを言おうと思ったのだけど、やめた。

「ふーむわかった。私がきみの気持ちを十分に
聞くことができなかったみたいだ。やめるよ」

これは別に怒りすぎて不貞腐れたとか
考えるのがめんどくさくなったからとか
そういったことではない。
ましてや嫁の意見に100%委ねたのでもない。

私は私の心に委ねたのだ。

一時の同意を盾に強行突破するより、
自分の至らなさを認めるほうを選んだ。
ずいと天秤が偏ったほうを尊重したのである。

まあ内定を頂いた会社とか
現在勤めている会社のエライ人には
御面倒をかける形になってしまったけれど
現在
妙なうしろめたさみたいなものは残っていない。
正解か不正解かを断じるのは難しいけれど
悪くないんじゃないかな、といった感じである。



なんというか「自分のワク」だけでは結局
私頑張ってます!チャレンジしてます!と言っても
実の所セーフティゾーンから抜け出せないと思うのだ。

自分ではどうにもコントロールできない出来事が
目の前に訪れたとき「いっちょ乗ってみるか」と
自分で決めて飛び込む。
私は、そういう生き方が好きなのである。


いいなと思ったら応援しよう!