新時代の学校づくり キーワードは余白と型破りな姿勢にあり|コエルワ×教育長
わたしたち㈱コエルワは、北海道の人口数千人~三万人のまちを舞台に教育を主軸として活動しています。この『コエルワ×教育長』シリーズでは、北海道の地方自治体が「教育」をキーワードに、どのような課題や危機感に直面し、それぞれの取り組みをしているのか、そしてそれぞれの教育長が町や子どもたちに抱く願いを、代表・阿曽沼が伺います。
第4弾のゲストは、中富良野町教育長の松浦弘泰(まつうら・ひろやす)さん。中富良野町は、弊社が提供する長期休暇支援事業「まなび場」を2023年度より実施している地域です。以前より、小学校の総合的な学習の時間に力を入れており、『地域の自然から着想を得た万年筆のインク開発』を行うなど、子どもたちの挑戦の機会を育む実践を重ねて来ました。そうした中、2026年春に小中学校を統合した新たな義務教育学校「ラベンダーの杜 中富良野町立 なかふらの学園」が開校。本対談では、学園の設立に至るまでの困難と挑戦についてお伺いしながら、これからの地域社会における教育の在り方をともに考えていきます。

『創る人』を線で育てる9年間へ、異例の縦割り活動も
阿曽沼陽登(以下、阿曽沼):今日はよろしくお願いします。早速ですが、いま松浦さんに伺いたいことと言えば、やはり『なかふらの学園』についてです。今日の対談の会場としても使わせていただいていますが、本当に開放的で従来の学校のイメージが変わりますね。
松浦弘泰教育長(以下、松浦教育長):ありがとうございます。2025年3月に校舎が完成し、2学期から子どもたちがこの校舎を利用しています。現在は、小中のカリキュラムが分離していますが、いよいよこの4月から9年制の義務教育学校としての学校生活が始まります。


阿曽沼:新たな学園について、いくつかのテーマに分けてお話を伺わせてください。まずは、1つの校舎で9年間を過ごす義務教育学校という形を選んだという点について、松浦さんは9年制の学校にどんなメリットがあると感じていますか?
松浦教育長:単純なことですが、小学校と中学校が一体になると子どもたちだけではなく、子どもを見守る先生の数が増えます。その分、それぞれの強みや得意を活かして流動的に学びを提供できる環境にもなり、加えて6年間で完結させなければいけないという縛りからも開放されます。例えば、小学6年生の時に総合的な学習の時間の授業で生み出したオリジナルインクを、中学生になってから販売する、そうした時間のかかる挑戦にも踏み出しやすくなるわけです。
このように小中一貫にすることで、先生が9年間にわたって子どもたちとの関係性を作り直す必要なく、見守り続けることができるという良さがあると思っています。
阿曽沼:6年と3年という制度上の区分を取り払うことで生まれる、時間をかけて育む学びにフォーカスを当てているのですね。
松浦教育長:そうなんです。学びを点ではなく線で育てていけることが大きなメリットですね。また私たちは学園構想を打ち出した際、「自分の可能性を探し、挑戦し続ける主体的な人を育てたい」という思いを込めて『創る人』というコンセプトを掲げました。このコンセプトを6年と3年の縛りのなかで実現するよりも、9年間という時間軸の中で、伸び伸びと実現させていけるというのも、統合の良さだと考えています。

阿曽沼:一方、裏を返せば、小中が一体になることで人間関係をリセットする機会がなくなったり、早い段階で子どもたちのキャラクターが固定化してしまう側面もあるのではないでしょうか?
松浦教育長:もちろんその懸念はありますよね。私たちは、個性や関係性が固定化しすぎないように、取り入れていることがあります。それが、縦割りの活動です。学級の関係に閉じず、自分の思いが生きる集団をつくれる、学級以外にも関係性を育くめる、自分を出せる機会があるんだということを理解してもらいたいと思っています。
阿曽沼:縦割り活動ですか。縦割りというと、上級生が下級生の面倒を見る、その効果に目が向きがちですが、違う自分になるという発想は斬新ですね。
松浦教育長:そうかもしれません。具体的に、例えば合唱コンクールは学級単位ではなく、歌いたい曲でチームを作ることもできますし、総合的な学習の時間で生まれた企画をもっとやりたいという子がいた時には、興味のある人が集まり学年に関係のないチームを作れるようにしたい。人数も自由でいいと思っています。
阿曽沼:確かにそうした機会がきちんと用意されていれば、6年間を待たずとも、好きなタイミングで自分を切り替えられます。時間軸としてのつながりと世代を超えたつながりが、子どもたちにより柔軟な選択肢を与え、可能性を広げるという考えなのですね。
ビジョン実現を重視した学校づくりは「まずやってみる」姿勢から
阿曽沼:新たな学園構想には様々な意義がある一方、これまで別々に運営されてきた小学校・中学校それぞれの学校生活やルールを統合していく過程には、多くの苦労があったのではないでしょうか。
松浦教育長:やはり、これまで違ったものが一緒になるというのはすごいストレスですよね。現場や保護者からも心配の声はありました。
阿曽沼:そうした中で、松浦さんはどのような姿勢で準備に取り組まれてきたのでしょうか?
松浦教育長:私が伝え続けたのは「4月のスタート時が100%だと思わないでください」ということです。準備段階は机上の空論でしかなく、4月にやっと1になるだけ。そこから挑戦して紆余曲折しながら5年くらいかけて形を作ります、と。やってみたらうまくいかないということは必ず出てきますから、意見を取り入れて改善していく、という前提でどんなことも「まずはやらせてみてください」と伝えてきました。
阿曽沼:やってみて、出てきた結果をチューニングしていこうということですね。
松浦教育長:そうです。まずはやることが重要。だからこそ、現場にもチャレンジするスタンスを伝えています。型を作ってはめ込むというやり方だけはやめてほしいと。ふにゅふにゅした柔らかい所から形を作っていく、そんな学校づくりを目指しています。
その中で大切にしていることは、既存のことでも新しいことでも、何かを決めたりやろうとなった時には必ず「それは創る人を育てるのか?」と聞くこと。大人側も『創る人』の実践をしています。

阿曽沼:聞いていると、こうした松浦さんのスタンスは、教育業界の中ではかなり異質だと感じました。常に「何のためにやるか?」に立ち返りながら、ビジョンに向かってプロセスを設計していく積み上げ方、そして前例に頼らず失敗を恐れない姿勢。これは、教育や行政の業界では珍しいのではないでしょうか。
教育の世界は「何をやるか?」の“WHAT”に意識がむきがちだと思っていますが、“WHY”を意識する、ビジネスライクな思考をもつ教育リーダーとして旗を振っておられるのだと感じます。
松浦教育長:ビジネス書を多く読んでいることも影響しているかもしれませんが、この考えに至ったのは、学園を創るため、全国の学校に視察に行った経験が最も大きく作用していると思います。「いいな」と思った視察先の方々に苦労話を聞いてみると、「色々やった結果、このやり方が残った」という経験談を聞く機会が多かったんです。うちも、ただ模倣するのではなく、まずは試すということを重視しようと思うようになりました。
余白のある校舎で子どもも大人も自由に羽ばたく
阿曽沼:ここまでは体制について伺いましたが、次はどのようにこの校舎が完成していったのかを伺いたいです。
松浦教育長:「創る人」を育てる校舎って、一体どのようなものなのか?と考えた末に、「公園」をイメージすることに決定しました。公園は誰でも入ることができて、自分の好きなように使える。そんな「自由で余白のある校舎」を実現したいと考えたのです。


阿曽沼:「余白がある設計」というのは、僕が「まなび場」をやる時にとても大切にしているコンセプトです。いわゆる「遊び」ですよね。
まなび場は、1日の中にワークショップが少しあるだけで、一見、空白の時間が目立って見えます。よくご提案先の自治体の方にも「これは何をする時間なんですか?」と聞かれるのですが、この空白の時間こそ大事で。その時の気分や、偶然の出会いから生まれるトライができる時間になっています。
松浦教育長:きっと、教育の世界はそうした余白の時間に慣れていないんですよね。
阿曽沼:そうかもしれません。今の教育の多くは、先に箱を作ってきれいにそれが埋まらないと、ソワソワしてしまう。でも、クリエイティブ、まさになにかを創るためには余白が不可欠だと思います。

松浦教育長:自由に使える空間を持つことの効果は、とても幅広いです。この校舎で自由に、新しいことに柔軟に取り組む時の子どもたちの表情を見ることで、先生にももっと自由になってほしい。先生もまだまだ真面目で、今までやって来たことを繰り返そうとしますから。「創る人」を育てる先生達も、「創る人」として共に育っていく場所にしたいです。
阿曽沼:校舎の中で先生と子どもたちの空気の循環が生まれるんですね。
もうひとつ印象的なのは、この余白が「遊び」でありながら「逃げ場」にもなっていることです。多くの学校は教室と廊下しかなくて、他の場所にいるとなんだか異質になってしまう。でも、これだけ自由な空間があればどこに誰がいても自然になります。別に何かをしたいわけではないけれど、ただ1人でいることに敏感になる時期もありますよね。
そんなときにひとりになれる空間がたくさんあるのは、すごく良いことだと思います。
町のシンボルとなる学校を実現した「ハブ」という立ち位置
阿曽沼:コエルワとして、いくつかの地域で学校の存続と新校舎設立についてのお話を聞いたり、議論に参加する機会を頂いたりした経験がありますが、新たな校舎の建築に多額の予算を投じることについてスムーズに同意を獲得できるケースは少ないという印象を持っています。中富良野町においては「教育」そのものがどういう位置づけで捉えられており、決断や合意決定のプロセスが進められていったのでしょうか?
松浦教育長:まず町長は、まちづくりの中心には観光と教育の二本柱があると言っています。その前提のもと、小規模校が統合し、運営費なども一つにまとまるのであれば、いいものを建てようという追い風がありました。
ここまで贅沢な学校が必要か?という意見はもちろんありましたが、そこで天秤にかけられたのがまちづくりや移住政策の観点です。子育て世帯がこの学校を見て町に移住したくなる。そんなムーブメントを生み出すためには、新しいだけではなく、町のシンボルとなる学校にしなくてはいけないという思いが強くありました。

阿曽沼:つまり、子どもたちのためはもちろん、町としてこの「資産」を活用した町のブランディングを進めていく、ということまでを見据えた結果、中途半端なものではいけないという形で受け止められたのですね。
松浦教育長:そうですね。
阿曽沼:教育は万能薬のように語られますが、その成果は測りにくいものです。子どもたちが町に戻ってくることが必ずしも成功とは限りませんし、やはり町そのものが魅力的でなければ、大人になってから戻ろうという気持ちも生まれません。そうした中で、教育だけに頼りすぎるのではなく、同時に制度も整理しながら町の方針と両立させることが重要になってきますね。
松浦教育長:学校が建てられる理由も、そうした部分にありますよね。単に「古くなったから立て替えます」では、この様な校舎は完成しません。文科省の予算だけではなく、町の政策やその先のメリットと結びつけてお金を作ってきました。例えば中富良野町はゼロカーボン宣言をしていることから、学校にも付加価値として環境に優しいシステムや設計を導入するとか。そうすれば、使える補助金があったりするんです。
阿曽沼:教育以外の行政サイドの動きが重要ですよね。
松浦教育長:役場の方はその点の知見がありますから。僕はよく、気になる補助金を見つけては対象の部署に「これって使えるかな?」と聞いてきました。「こういうことやりたいんだけど、使える補助金や制度はあるかな?」と。こうした動きをしながら、行政にも学校にもネットワークを作ることが極めて重要だと思います。
阿曽沼:その立ち回り方がすごく柔軟ですよね。教員から教育長になった方は学校側に軸を置いている方が多い印象ですし、逆に役場経験者の方は行政に軸を置いていて、どちらかに偏りがちな印象がありますが。
松浦教育長:教育委員会の立ち位置は、行政と学校の真ん中ぐらいがいいと思っています。学校のことも行政のことも、地域のことも民間のことも、全部のハブになる。そうするといろんな可能性が増えると実感しています。
阿曽沼:ハブになるという考えは、あまり聞かない視点かもしれません。その立ち位置は、一番リーダーシップを取りづらいポジションですよね。学校側には校長、行政側には首長がいて、どちらかに寄ったほうが立場はつくりやすい。ハブは“どっちつかず”に見える難しい役割だと思います。
松浦教育長:そうかもしれませんね。
阿曽沼:「実現したいビジョンのために、必要なピースをどう集めるか」という視点やマインドがあるからこそ、この立場で踏ん張れるのだと思います。

松浦教育長:僕は、目的を達成できるなら、どんな立場でもいいと思っています。必要なら頭を下げますし、自分が目立たなくても構わない。実現できることが一番の満足なんです。考えているのはいつもひとつ。『”創る人プラン”を成功させるにはどうしたらいいか』ということだけ。そのために最適な役割を選び続けています。
阿曽沼:「なかふらの学園」の特色の一つである「教育支援センター」も、教育委員会がハブとして完成した代表事例のひとつですよね。
※「教育支援センター」学校に行けない、行きづらい子どものための校内の居場所。
松浦教育長:はい。これまでの「校内支援センター」は、学校が空き教室に学習支援員を雇って子どもを見ていました。しかし、今回は教育支援センターを校内に置き、教育委員会が管轄する珍しい形をとりました。加えて、本来は不登校の生徒しか扱わない中で、うちは学級に行きづらい子も来られるようにしています。
阿曽沼:運営の仕組みからも、学校の先生が手を動かせない部分に行政が入り、うまく連携をしながらより良いあり方を実現していることがわかります。様々な事例が生まれているのは、他の自治体にとってもヒントが多いと感じます。
町ぐるみで「創る人」を生み出す、だから地域は面白い
阿曽沼:最後に2つ伺います。1つは、地域の強みについて。都会に比べて経験の幅が狭まる側面もある中で、松浦さんが感じる「地域だからこそできる教育」の強みはどこにあると感じていますか?
松浦教育長:町の人が協力してくれることですね。中富良野のような町では、地域も役場も教育委員会も保護者も、すべてが身近。だからこそ、学園の目指すことを理解して、「俺ならこれできるよ」と大人の主体性が集まる。学校は、「媒体」としてみんなが関わる場所になり、それ自体が地域の強さになる。これは都会では絶対にできない面白さです。

阿曽沼:今回の学校づくりのような意見交換の拠点があるからこそ生まれる繋がりと言えますね。
松浦教育長:例えば、大人の主体性が生きる取り組みとして、部活動に「文化部」をつくろうとしています。様々な特技を持った地域の人が講師として来て、やりたい子どもが集まる仕組みです。
阿曽沼:素敵な動きですね。今の学校でのプログラムは働くことに偏ったキャリア教育が蔓延しているようにも感じています。そうした中で、特技や趣味など大人が持つ無形の資産を地域の中で循環させていくことはとても大切だと思います。それを学校教育の中で設計し、伝えていく場があるというのは、とても面白いです。
阿曽沼:一方で、中富良野町には中学までしかありません。高校以上になると町を出ていくことになりますが、この点を地域としてはどのように捉えていますか?
松浦教育長:この町に子どもたちを無理に残そうという気持ちはあまりありません。外に出ることで視野は広がりますし、引き留めてしまえば子どもたちは羽ばけない。ただ、ここでの学びが「よかった」と強く記憶に残ってほしいんです。その上で、『創る人』として成長したとき、町に何かを還元したい、一緒に仕事をしたいと思ってくれたら嬉しい。
阿曽沼:町に残すのではなく、『創る人』として世界に送り出す。その原点として学校がある、ということですね。
松浦教育長:「人と違う」ということが、きっとこれからの世界の強みになるんですよね。でもね、それだけではただの変人なんですよ。人と違うことを極めたら、プロとして突き抜けることができる。だから、それを極める機会を与える場所として、この学校をつくっていきたいです。

対談を終えて
取材の翌日、実施中だったまなび場の現場に松浦教育長がお見えになり、追加の資料とともに2時間ほどお話を聞かせていただきました。改めて松浦さんのお人柄を感じる時間でした。
初めてご挨拶したのは、松浦さんが中富良野小学校の校長をお務めだったとき。校長室にお邪魔すると、裸足でお出迎えいただきました。あとにも先にも、裸足の校長先生と名刺交換したのはあの時だけです。それから4年、どこか不思議な存在感を感じながらも、頭の中を深く知る機会はなかなかありませんでした。今回、ようやくその入口に立つ機会をいただいた気がしています。
印象的だったのは、教育という場において「失敗してはならないライン」と「挑戦を許容するライン」の見極めが、あまりにも自然であることでした。人を育む現場は、失敗にひどく臆病になりがちです。しかし松浦さんは、そのラインを絶妙に引きながら、立場、振る舞いにこだわらず事を進めていく。
『創る人』を育てる学校を、自らが『創る人』になってつくりあげてこられたのだと思いました。なかふらの学園、これからが楽しみです。
本当にありがとうございました。
両名のプロフィール

右)中富良野町教育長 松浦弘泰(まつうら・ひろやす)
昭和38年、北海道上富良野町生まれ、医学部を目指していたが、祖母の死に直面し、医師は死を受け入れる必要がある仕事だということを知る。そこで、健康な人に関わる仕事がしたいと考えるようになり、教師を目指す。北海道教育大学旭川校を卒業後、体育教師として23年、教頭として小学校と中学校を1校ずつ5年間務める。校長として小学校2校、中学校を2校、9年間務める。令和6年に退職し、中富良野小学校、中富良野中学校、両校の校長を経験していたこともあり、義務教育学校準備のために中富良野町教育委員会に指導主事として採用される。令和6年末に教育長として任命され現在に至る。ライフワークとして裸足で身につく体の使い方を広める活動を全国的に行っている。
左)株式会社コエルワ代表取締役CEO 阿曽沼陽登(あそぬま・きよと)
平成元年、京都府生まれ、岡山県倉敷市育ち。医学部を目指して多浪するも挫折。北海道浜中町で酪農業に従事したのち、宮城県女川町で教育NPOの活動に参加。平成25年、24歳で慶應義塾大学に入学。在学中にアルバイト先のおでん屋を間借りし、小中高生が集う学びの場を開設。取り組みは他地域にも拡大。卒業後は若い世代を対象に、教育・研修事業を展開する。平成30年、教育分野での活動が評価され、世界経済フォーラムのU33 Global Shapersに選出。令和元年より創業100年の非教育事業会社の経営企画に参画し、戦略策定やワークショップの運営、中期経営計画の策定に携わる。令和6年、株式会社コエルワの代表取締役CEOに就任。

だから、裸足でお出迎えしてくれたのですね。 こんなポーズにも、付き合ってくださいました!
撮影場所:ラベンダーの杜 中富良野町立なかふらの学園
編集・文章作成:太細真弥/福井由峯 写真:大類日和
