どん底から這い上がって完成した「究極の選択基準」
極貧時代から数年後。時計の針を現在に戻そう。
3月だというのに外は吹雪いている。マヂかよ、、、(´・ω・`)

お昼頃、車に乗ってふと温度計が目に入る。「1℃」。それを見て氷点下じゃないから「あ、今日は暖かいな」と感じてしまうあたり、感覚が山の環境に適応したというか、バグっているというか。ストーブにはもう少しの間、頑張ってもらわないとだね。
さて、前の記事で書いたあのお宝「500円のマットレス」だが、実はだいぶ前に手放した。 ペラペラだった薄い毛布も卒業し、数年前から寝具は大幅にレベルアップした。厚みのある暖かい毛布を上下に敷き、マットレスも2万円ほどの質の良いものを購入し、現在も愛用している。
あれから時間はかかったが極貧時代を経験し、収支の見直しや本当に必要な物の選定により少しずつ資産ができた。(何をやってきたかの詳細などはまた別の記事で書こうと思う)本当にありがたいことに生活水準も当時よりレベルアップした。
……ただ自分が今住んでいるのは街中のマンションなどではなく、山奥の小さなアパートだ。
車だってそうだ。昔はスポーツカーが好きで、車高の低い車に乗って改造もした。でも今の愛車は、雪山でもガンガン走れる頼れる「軽自動車」である。
さらに細かいところでいくと、今使っているベッドフレームは「極貧時代にもらった物」だ。他にも、ドライヤー、本棚、プラ製の棚、鍋、ケトルなど、当時もらい物や中古で安く手に入れた戦友たちも数多く残っている。

もちろんある程度、片づけてこれだよ…
極限までお金がなかったあの時代、必然的に「生きていく上で絶対に必要なもの」から順番に買うしかなかった。それでも当時は共用の洗濯機に怯え、コインランドリー通い。冷蔵庫もしばらくはなく、家での保存はしばらくガン無視。幸い街だったのでコンビニやスーパーは近くにあり助かった。が、その分お金が飛んでいく、なのでここでも最低限の物しか買わなかった。というか買えなかった。
今ではありがたいことに、冷蔵庫も洗濯機もお風呂もPCモニターもある。あの時はこんな未来が待っていたなんて想像もできなかった。そして驚かれるかもしれないが、現在、一番部屋のスペースを陣取っているのは筋トレ器具である…(;'∀')
たぶんあの経験を経て、自分の中で「本当に必要なもの(価値があるもの)だけを選ぶ」というフィルターレベルが上がったと思う。
睡眠の質を上げるマットレスや健康のための筋トレ器具は購入するが、ベッドフレームはそのまま。車も見た目やマフラー音などではなく「どんな道でも走れるか」「雪道は大丈夫か」「最悪、車中泊もできるか」などの実用性で選んだ。 お洒落さや外見ではなく、自分にとって購入するに値する本質は何か。
仕事選びも同じだった。
いま山奥で豆腐を作っているが給料がそこまで良いわけではないし、休みもそんなに多いわけではない。むしろ山奥の田舎で、不便さや辛いことの方が多い。それでも「面白そうだし、人の役に立てるなら」という、自分の興味、想いが大きかったからだ。
この待遇などの外面ではなく「自分がやりたいのかどうか」という本質を選ぶこと。これこそが今の自分の土台となり、期待値の追い方や日々の仕事に直結しているのだと思う。
そしてこれからも世間の目や見栄ではなく、自分の「本心」と「本当に必要なもの」だけを基準にして、この山奥から人生を考えていきたいと思う。
※おまけ
と、高尚でえらそうなことをたくさん書いたけど、面白そうなゲームがあれば買うだけ買って積みっぱなし(積みゲー)になっていたり、自宅で飲みつぶれて翌日ひどい二日酔いに苦しむ……なんてことは日常茶飯事である。

人生って難しいですよね(´・ω・`)明日からも一緒に頑張っていきましょ(^▽^)
