「冷たい」と言われた朝から、笑顔になるまで|創造者のコード集 #016
「おはよう」に、返事ができない朝がある。
それを、冷たいと言われたことはありませんか?
あるいは、朝、元気に話しかけてくる人を、重く感じたことは?
家族は大切なもの。
大切な人には、元気なおはよう。笑顔のおはようを届ける。
それは大切さの証なのか?
朝、夫は元気に「おはよう!」と言う。
私は、朝が苦手で、すぐには声が出ない。
以前の夫は、「元気なおはようが大事!」「笑顔!笑顔!」とよく言っていた。
彼にとってはそれが当たり前で、正しいこと。
けれど、私にとっては押しつけでしかなかった。
その違いにモヤモヤしていた。
「もう少し静かにしてほしいな」と思いつつ、
無理をして笑ったりしていた。
ある日から、やめた。
自分を大事にすることを優先して、
夫と朝、顔を合わせるのをやめたり、
おはようという場面があっても、小さな声で言うようになった。
私たち夫婦は、なが〜い冷戦期を経験した。
言葉を交わすたびに、どこかでズレを感じ、
沈黙の方が楽だと思うようになった。

今は、夫に大切にしてもらっていると感じるし、彼のことを大切な存在だとはっきりと言える。
では、冷戦期をどうやって抜けたのか?
今はまだ文章にはできないけれど、 いつかは、きちんと書いてみたいと思っている。
ただ、ひとことで言うなら「なにかが取れた」。
肩の力が抜けた、というのとも少し違う。
もっと深いところで、何かが剥がれ落ちた感じ。
ある日を境に、夫に対する感情が激変した。
夫の声がやさしく聞こえるようになった。
同じ言葉なのに、空気の色が変わった。
夫の話を、素直に受け取れるようになった。
以前は「また始まった」と思っていたことが、 「へえ、そうなんだ」と自然に聞けるようになった。
そして、私は明るい自然の笑顔で話せるようになった。

オーディオブック The Creator Code に、こんな言葉がある。
“The universe doesn’t follow your voice — it follows your signal.”
(宇宙は、あなたの声ではなく信号に従う。)
あの頃の私は 「おはよう」と言いながら、 心の中では「静かにしてほしい」と思っていた。
言葉と信号が、ズレていた。
できていたのは、礼儀としての「大切に見せること」だけだった。
でも今は違う。
夫に何かを伝えようとしなくても、 一緒にいるだけで伝わる温度がある。
私の身近な人を大切にするとは、
相手を変えることでも、自分を押し殺して何かをすることでもない。
「その人を変えようとせず、その人の自然を尊重する」

最後まで読んでくださってありがとうございました!
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