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お正月に実家へ帰ることは、少し不安だったけれど…

母が今年も箱根駅伝をテレビで観ていました。
父の写真をテレビに向けて、一緒に観ていました。

今年は父が亡くなって初めて迎えるお正月です。
父は毎年、箱根駅伝を楽しみにしていたので、母は天国の父に見せてあげたかったのでしょう。
母なりの愛情表現だな、と感じました。
こんなに優しい気持ち。
父がいる時に、こうしてわかりやすく伝えられたらよかったのに。

母だけでなく、わたしの両親は、強がりだったり天邪鬼だったり極端に恥ずかしがり屋だったり素直じゃなかったり、、、
愛情表現がとっても苦手。
知らないんだよね、わからないんだよね。
とても不器用な人たちだから。
そんな両親の元で育ったわたしは、特に母からの「愛された」と言う記憶を持つことができませんでした。

昨年、父は、3か月ほどの闘病生活を経て、あっけなく光の世界へと旅立ちました。

わたしはここ10年は一人暮らし、きょうだいはそれぞれ独立して家庭を持っています。
高齢の母の暮らしを考えた時、わたしは、わたしにできるはずもないのに、同居という選択に悩みました。
謎の責任感にとらわれました。
でもどう考えても、実家のある土地で暮らすことも、母と一緒の空間で暮らすことも、わたしには無理なのです。
わたしがわたしでなくなります。

結局、わたしは一人暮らしを続け、母も住み慣れた町で一人で生活することに決まりました。
決めたものの、その後、今度は罪悪感でいっぱいでした。
どうしてわたしが罪悪感を覚えなきゃいけないのかしら?と思うけれど、高齢者をひとりぼっちにさせて、という謎の罪悪感でいっぱいで。

車で1時間ほどで帰れる距離なのだけど
、実家に泊まってしまうと帰るタイミングがわからなくなって苦しくなるので、用事があっても日帰りで済ますようにしてきました。
それがわたしなりの自分の守り方でした。

そんなふうにしていたので、この年末年始、実家に帰ること、泊まること、母と二人きりで過ごすこと、本当は不安がありました。

でも、なんとか大丈夫だったみたい。

今は触れることのできない父ではあるけれど、その父と一緒に新しい過ごし方をしている母を見ることができました。
いつも自分を後回しに忙しくしている母を見ると、今でも、小さなわたしが「お母さん、お願いだからゆっくりして。ただそばにいてわたしを見て。」
と言って泣いているのも感じることができました。
noteを書くにも、なんだか集中できずに自分の本音に触れられているかもよくわからずに、隠れるようにしている自分も感じました。

でも、どの気持ちとも少し距離や余白をおいて、見ることができたのかしら、とも思います。
母とお酒で乾杯することもできました。

明日からは、また一人暮らしに戻ります。
人の温もりとは「またね」になるけれど、一人になって感じることが、またあるのかな、と思っています。

人も暮らしも心も、うつろっていく。
その自然なうつろいに委ねていこう、って、そんなことを思えたお正月になりました。

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