「『まだ足りない』と思い続けた私が、ようやく手放せたもの」
「どれだけ頑張っても、どうしても自分に
自信が持てない」
「周りと比べては、足りないものばかりが
目に浮かんでしまう」
そんな風に、自分で自分を責めてしまう
ことはありませんか?
実は、かつての私はまさに
「コンプレックスの塊」でした。
その穴を埋めるように、大人になって
からは必死に資格を取り、
スキルを磨き続ける日々。
けれど、どれだけ武器を増やしても、
心の奥の焦りは消えませんでした。
今回は、そんな私が「資格の鎧(よろい)」
を脱ぎ捨て、本当に必要だった「あるスキル」に気づくまでの小さなお話です。
今、頑張ることに少し疲れてしまって
いる方に、届きますように。
1. ランドセルを置いて学校へ向かった、あの日の朝のこと
「私はいつも、人より何をやっても
駄目だな」
そんな冷たい言葉を、私はいつから
自分の心に浴びせ続けてきたのだろう。
記憶の糸をたぐり寄せると、行き着くのは
いつも、あの少し苦くて、痛い子供時代だ。
勉強ができるわけでもなく、運動神経がいいわけでもない。
何をやっても目立たない子供だった私の中で、唯一「一番」だったものがある。
それが、背の高さだった。
学年で誰よりもでかい。
その事実は、多感な時期の私にとって、
誇りではなくただのコンプレックスだった。
「ウドの大木」
「でかいなぁ」
周囲が悪気なく放つ言葉は、私が自分で
思っている以上に、幼い心の深い場所に
突き刺さっていた。
小学校4年生の、ある日のこと。
私はランドセルを背負うのをやめた。
そのカバンを背負うことすら、自分の
「でかさ」を強調しているように思えて、
耐えられなくなったのだ。
ランドセルを置いて学校へ向かった
あの日の朝の、少し冷たい空気と、
言いようのない孤独感を、私は今でも
鮮明に覚えている。
2. 自信のなさを隠すために、着込み続けた「資格の鎧」
「私は人より劣っているのだから、
人の何倍も頑張らなきゃいけない」
その呪いのような思い込みは、
大人になり、仕事を始めてからも、
私を執拗に追いかけてきた。
周りに置いていかれないように、自分の
価値を証明するために、私はいつも必死
だった。
必要な資格を調べては勉強し、スキルを
磨くための時間を惜しまなかった。
新しい資格を手にするたび、「これで私も、少しは自信が持てるかもしれない」と、
すがるような気持ちで胸をなでおろした。
けれど、現現実(げんじつ)は残酷だった。
どんなに立派な資格を履歴書に並べても、
どんなに新しいスキルを身につけても、
心の奥底にある「コンプレックスのかたまり」は、1ミリも小さくなってはくれなかったのだ。
いくつ資格を取っても、自信のない私は
そこに佇んだままで。
一つの山を登り終えると、すぐに「まだ足りない、まだ駄目だ」という声が頭の中で響き渡る。
また誰かと自分を比べては、勝手に
敗北感を味わい、自分で自分を責め立てる。
気づけば私は、自信のなさを隠すために、
何重もの「資格という名の鎧(よろい)」を
着込んで、身動きが取れなくなっていただけだった。
3. 私を本当に救ってくれる、世界で一番温かいスキル
果てしない砂漠を歩くような日々の果てに、今、ようやく気づいたのかもしれない。
本当に私に必要だったのは、自分を大きく
見せるための武器でも、誰かに勝つための
戦闘スキルでもなかったのだ。
本当に必要だったのは、ただ**「人生を生きていくためのスキル」**。
心の奥底で震えている、あの小4の時の
自分とまっすぐ向き合って、
「今のままのあなたでも、大丈夫だよ」と、そっと声をかけてあげる力。
「生きていくためのスキル」は、自分を責め立てることでも、誰かに勝つことでもなくて、**「自分をそのまま受け入れてあげる力」**なのかもしれません。
土台がないまま、どれだけ上にスキルを
積み上げても、心は不安定なまま。
もしあなたが今、「まだ足りない」と苦しんでいるなら、一度手を止めて、そのままの
自分を認めるという「一番温かいスキル」に目を向けてみませんか。
いくつもの鎧を脱ぎ捨てて、軽くなった肩で、私はようやく自分の人生の深呼吸を始めようとしている。
最後まで読んでいただき、本当に
ありがとうございました。🍀
ずっと心の中にあったコンプレックスや、
ランドセルを置いてしまったあの日の記憶
を文章にするのは少し勇気がいりましたが、こうして誰かに届いたことがとても嬉しいです。
もし今、何かと比べて「まだ足りない」と
自分を責めてしまっている方がいたら、
この記事が少しでも心を緩めるきっかけになりますように。
あなたにとっての「一番温かいスキル」が見つかることを、心から願っています。
🌙
ここに戻ってきて大丈夫です。
