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高野山 結縁灌頂

去る10月3日、高野山金剛峯寺にて秋季金剛界結縁灌を受けてきた。


結縁灌頂
結縁灌頂けちえんかんじょう 全ての人間の心に本来備わっている仏の心と知恵を目覚めさせる真言密教儀式大日如来を中心に仏の世界を描いた曼荼羅まんだら上に、目隠しをしたまま華はなを投じ、落ちたところの仏と縁を結ぶ。その後に阿闍梨あじゃりの位を持つ高僧が頭に水を注ぐ。高野山では、出家在家を問わず、多くの人々を対象に毎年春と秋の2回行っている。天台宗開祖最澄も、空海から結縁灌頂を受けている。

共同通信社 共同通信ニュース用語解説

ことの始まりは、8月に生まれて初めて高野山を訪れた際にご一緒した方に教えていただいたのだけど、その方が受けてから(結縁灌頂は金剛界結縁灌頂と胎蔵界結縁灌頂があり、その二つでワンセット?!らしい←らしいって汗)全く感覚が変わり、

仏様との繋がりを実感するようになったと聞き、もともと旺盛すぎる好奇心も大いにあったとは言え、それ以上の何かに突き動かされるように、いつも以上に行動力を発揮し、その日お会いしたばかりのその方にお願いし、その方が懇意にされている和尚様に繋げていただき、金剛界結縁灌頂を受けることができたのだ。

これがご縁というものなのだろう。

果たして、結縁灌頂を受けて私はどうだったのか?

正直、何かに守られているという感覚はその前からずっとあるので、おおおおおー!みたいなことは起こっていない 笑

けれどここ最近とても自覚的なのは、いつもじんわりと感謝の気持ちが溢れていること。

結縁灌頂とは直接は関係ないけれど、宿泊した宿坊のご住職の朝のお勤めの際のお話がとても印象に残っている。

そのご住職が20代の頃まで、埋葬は土葬で行われ、仏様に仕える和尚さん達は、臥位ではなく、座位で坐禅を組んで埋葬されたのだそうだ。
つまり、死して尚、人々のために祈り続ける。

高野山の奥の院には、そうして1200年前からの和尚さん達が今も祈り続けていらっしゃる。

高野山の独特な空気感はそういうところからも醸し出されているのではないかと思う。ぜひそれを感じていただきたい。

と。

結縁灌頂の前夜、奥の院で行われた萬燈会(まんどうえ)にも連れて行っていただいた。

奥之院参道には約20万基のものお墓が並んでいるわけで、目に見えないものに非常に敏感な特性を持つ私は、正直、ちょっと(いや、かなり)びびっていた。

しかし実際に行ってみたら、微塵も不穏なものを感じることはなかった。

当初は、お念仏がかかれた白衣(結縁灌頂の際にと購入)のお陰だと思っていて、守られている感が半端なかったので、(今後、やばそうなところに行く時はこの白衣を持っていこう!)と思っていたのだけど(!)

今、改めて思えば、長い歴史の中で途絶えることなく祈りが捧げられている場所ー聖域で、そんなことを感じるはずがなかったのだ。

というわけで、もともと守護本尊であった大日如来さまとのご縁を結んでいただき、私の心の中に本来そなわっている仏の心と智慧を導き開く儀式を滞りなくさせていただくことができた。

ありがたいことです。合掌。


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