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鹿もプライドで生きている

昨年、茨城県の鹿島神宮に行きました。
境内の大半を占める鎮守の森は、原始性を保ったまま残っています。参道に立ち並ぶ杉や檜は圧倒的な高さと太さを誇ります。
この鹿島神宮には、春日大社の鹿のルーツとされる鹿がいます。ところが数が少ないように見えました。また鹿は囲いの中で生活をしていて、自由に歩き回れる環境にはないようです。

私は今回の旅行で、奈良(春日大社)、宮島(厳島神社)と合わせて、鹿でも有名な3つの大社を経験したことになります。
でも鹿島神宮では、鹿はわき役というイメージを持ってしましました。

一方、奈良・宮島の鹿は堂々としていて、プライドを持って主役を張っています。
これらの鹿に触れることは禁じられています。宮島(厳島神社)の鹿も人慣れしているので、人が近くによっても鷹揚に構えていますが、触れられると逃げます。私は実験をして、二本の指で今にもつかむぞというくらい接近しましたが、鹿は逃げませんでした。でもそれ以上不埒な行為に至ると、跳んで逃げます。

奈良(春日大社)の鹿は、人の言葉を少しは理解するようで、鹿の悪口を云うと、その人に尻を向けてポロポロとフンをします。

日本神話・古代信仰・歴史的慣習により、鹿は神の使いとされてきました。
「神の乗り物」かつ「神霊の依代(よりしろ)」と考えられ、「神と人をつなぐ存在」として鹿が特別視されてきたのです。

そのため奈良では、鹿は春日大社の神使として神聖視され、江戸時代には誤って殺しても死罪という厳しい掟がありました。
奈良の神鹿をめぐる騒動はこの掟に端を発しています。名奉行が機転で裁く『鹿政談(しかせいだん)』は、古典落語の代表的な噺です。

  • 奈良では鹿は神の使いで、殺せば死罪。

  • 豆腐屋が誤って鹿を殺してしまい、奉行所へ。

  • 奉行は「犬だ」と言い張り、周囲も同調。

  • しかし鹿奉行だけが反論。

  • 奉行は鹿奉行の餌料横領を示唆し、追い詰める。

  • 「犬か?鹿か?犬か?鹿か?」問い詰められた鹿奉行は思わず、

  • 「犬鹿ちょう(猪鹿蝶)」と口走る。この辺りが落語らしいところです。

  • 最終的に「犬」と認めさせ、豆腐屋は無罪放免。

現代では、殺せば死罪ということはないですが、法律や条例で罰せられることは間違いありません。「犬だ」と言い張るのもやめた方がいいです。
「何故?」ですって!
現代の司法界に名奉行は存在せず、上ばかり見てお伺いを立てるような、ヒラメ裁判官が大半だからです。


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