次はどうしよう?|移住について本格的に考えはじめる
移住について、本気で考え始めたのは
一昨年の5月くらい。
そこから、ものすごいスピード感で
いろいろなことが決まっていき。
昨年の3月下旬に移住した。
短い時間の中で
考えては決断していくを何度も繰り返した。
自分にしては、びっくりする行動力だった。
30歳を過ぎても、うつになっても
こんなエネルギーがあったんだと驚いた。
大好きだった仕事。
看護の仕事は本当に好きだ。
今でも好きだ。
人が好きだということが大前提。
多重課題だらけの仕事を
頭フル回転にしてこなしていくことも
なんだかんだ好きだった。
どうやったら効率よく回れるか。
どうやって時間をつくるか。
そんなことを考える仕事はなかなか面白い。
もちろん、効率重視が良いとも限らない。
無駄たと思うことにも一つ一つ意味がある。
意味を持たせることができるかどうかは
どれだけ丁寧に仕事ができるかにもかかっていると思う。
気になる患者さんのところには
自分で時間を作って話を聞きにいくこともあった。
『病院は一人の患者さんに向き合える時間が少ない』
とよく言うけれど。
私はそうは思わない。
病棟に入院している何十人もの患者さんの
検査だったり、点滴だったり、手術だったり、清潔ケア、排泄ケアなど、
時間が決まっていること、その日にやらなければならないことがたくさんあって、
その中で、記録、家族対応、医師への確認があったり
看護師の仕事って本当にタスクが多いすぎて
自分でどうにもならない忙しさもあるんだけど。
うまくやれば隙間時間を作ることもできて。
合間合間に時間を作ってベッドサイドに通うことはできた。
患者さんやご家族に顔と名前を覚えてもらえて、
あなたがいてくれて良かったと
そう言っていただけることもあって、
あー、この仕事をしていて良かったなと、
それなりにやりがいを感じていた。
病棟のスタッフにも恵まれていた。
苦手な人もいたけれど、
でもみんな仕事には一生懸命で、
適当そうに見えても
実際はいろいろなことを考えて丁寧に仕事をしていて
尊敬できる先輩や上司がたくさんいた。
後輩もみんな一生懸命で可愛かった。
最初はオドオドしていた後輩が1年目が終わる頃には
立派に独り立ちして患者さんと向き合っている姿を見ると
頼もしいなと思えた。
職場は居心地がよかった。
仕事が楽しかった。
だけど、ある日突然、
涙が止まらなくなって、
仕事ができなくなった。
でもここで働き続けたいという気持ちに変わりはなかった。
仕事を続けたかったから、
休職になっても、復職が第一目標だった。
どうやったらもう一度働けるのか、
そのために何が必要なのか、
そんなことを考えたり、整えたりする休職期間だった。
復職してからも、
もう同じことは繰り返さないと
体調管理に気を遣っていた。
でもね、また、同じことになってしまった。
その時は「もうダメかもしれない。もう諦めなければいけないのかも」と
すごく後ろ向きな考えしか出てこなかった。
でもこのまま終わってしまうのも
なんだか悔しくて。
どこかで終わりを決めなければと
小さく決意しつつも
もう一度戻ることにした。
2回目の復職。
その復職を決める産業医面談が酷かった。
悲しくて、頭にきて、
「じゃあ辞めますよ、辞めればいいんでしょ!!」
と出かかったけど、そこは大人なのでグッと飲み込んだ。
復職許可は降りたものの
“もう次はない”
というプレッシャー。
もう職場に迷惑をかけたくないという気持ち。
私の中で、『退職』という言葉がはっきり輪郭を帯びた時だった。
大好きな場所だからこそ、
終わりは自分の意思できちんと決めたい。
自分の葛藤について、考えていることについて
少しずつ言葉にしていった時期だった。
でも、じゃあ、次どうする?
も同時に考えなければならなかった。
これが一番難しい。
私のやりたいことって何?
次はどんなことがやりたい?
転職サイトを見てもパッとしない。
なぜなら、自分が働く場所の最適解は今の職場だったから。
そんな時に、ふと思い浮かんだのが
『松本移住』
どんな仕事をしたいか分からない、
でも松本に住みたいという夢はある。
だったら、この際、松本に住むということを
選択肢に入れてもいいのではないか。
そう思って、松本に暮らすということを本格的に考え始めた。
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