30歳になって気づいた、母との"ふつうの日"の価値
今日は母親と2人で出かけた。
ただ買い物して、ランチしただけ。
特別なことは何もしてない。
でも私にとっては、すごくありがたい1日だった。
10代の頃、親のありがたさなんてわからなかった。
いつも怒られてた。
「だめ」「だめ」って言われてばかりで、
正直うっとうしいとさえ思ってた。
親の離婚、転校。
子どもながらに、人生にちょっと不満もあった。
なんでうちはこうなんだろう。
なんでわかってくれないんだろう。
そればっかり考えてた。
親の気持ちなんて、考えたこともなかった。
20代はとにかく生きるのに必死だった。
専門学校の勉強、バイト、将来への不安。
自分が生きるだけでいっぱいいっぱいで、
親のことを考える余裕なんてなかった。
でも恋愛もして、忙しくも充実してた。
今の旦那さんと出会って、結婚もした。
たまに連絡しても、用件だけで終わらせてた。
30歳になった。
少しだけ、見える景色が変わった。
病気が見つかった。
不妊治療もしてる。
不安障害も、まだ完治してない。
正直、しんどいことはたくさんある。
でも不思議なことに、今が一番幸せだと思う。
母の白髪が増えたこと。
手にシワが増えたこと。
少しやせてきたこと。
歩くスピードが少しゆっくりになったこと。
同じ話を繰り返すことが増えたこと。
そういう小さな変化に気づけるようになった。
そして気づいてしまった。
母もいつまでも元気でいてくれるわけじゃない。
「あと何回、こうやって一緒に買い物できるんだろう」
ある日ふとそう思った瞬間、胸がぎゅっとなった。
あと何回、一緒にランチできるんだろう。
あと何回、くだらない話で笑い合えるんだろう。
あと何回、「いってらっしゃい」って言ってもらえるんだろう。
数えたくないけど、無限じゃないことだけはわかる。
あの頃「だめ」って言われてたのは、
母なりの愛情だったんだと、今ならわかる。
不器用だったけど、ちゃんと私を見てくれてた。
だから私はもう「いつか親孝行しよう」とは思わない。
いつかなんて待ってたら、間に合わないかもしれないから。
特別なことじゃなくていい。
旅行とか高価なプレゼントとか、そういう大きなことじゃなくていい。
一緒にスーパーでお惣菜を選ぶ。
一緒にランチして「おいしいね」って言い合う。
帰り道にたわいもない話をする。
それだけでいい。
それだけでじゅうぶん。
30歳になって気づけてよかった。
まだ間に合ううちに、
母との"ふつうの日"をひとつでも多く重ねていきたい。
今日もなんでもない1日だった。
でも私にとっては、かけがえのない1日だった。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
あなたにとって大切な人の顔が
ひとり浮かんでくれたらうれしいです。
今日じゃなくてもいい。
近いうちに「元気?」って連絡してみてください。
きっとそれだけで、相手はうれしいから🌿
