道端に落ちていたバナナの皮と父親
2020年5月2日に、父親が死んだ。
おそらく、65歳くらいで。
年齢もきちんとわからない。
20年近くは会ってないと思う。
父方の祖母から遺産の話を聞かされたけど
当然受け取らないことにした。
姉と相談して即断即決した。
あの人はずっと借金をしていた。
父親自身が把握していない借金もあるかもしれない。
借金ごと相続するのが怖かった。
父親が死んでから2週間後、
相続拒否の手続きのための書類郵送のため
郵便局へ出かけた。
当時、新型コロナウイルスが流行りたてで、
外出自粛を控えていた。
徒歩で郵便局に向かうだけで
外の世界が珍しく、新鮮に感じた。
一際目だったのが、
歩道端にあったバナナの皮。
もはや外でいつ見ても、目立つし違和感のある存在。
暇だったので
バナナの皮はなぜそこにあったのかを
郵便局にいく途中に考えてみることにした。
誰かが食べて捨てた。というのが
すぐ見つかる理由で
もしかしたら近所の夫婦が
喧嘩をして妻が夫に投げつけたのが
たまたまバナナの皮だったとか?
考えてみたけど、その2つしか
思い付かず。
郵便局の帰り道
往路でまた同じバナナの皮が
先ほどと同じ場所にあった。
短時間では誰も手をつけないよね、
と納得し
わたしもバナナの皮を見て見ぬ振りして
家に帰った。
あのバナナの皮は、
道に落ちているだけで
奇妙、異質、おかしい、変、なんか怖い
という存在になった。
そして誰しも見て見ぬ振りを
していった。
父親も、借金をして
理由はどうあれ
家族の中で異質、おかしい、変、なんか怖い
の対象になった。
バナナの皮は見て見ぬ振りできても
父親の作った借金は見て見ぬ振り出来ず。
バナナの皮より、癖があり、
面倒だった父親。
異質で、道から逸れたものを見ると
父親を思い出す。
わたしの人生のルーツで、
大きな学び。
あの人の人生は何だったんだろう?
とふと考える。
わたしは、父親のことは大好きだった。
よく遊んでくれたし優しかった。
人としては、本当に好きだった。
でも、お金に誠実でなければ
人間関係も家族も生活も全部壊れていく。
そのことを人生賭けて
教えてくれたんだろうと思うしか、
父親の人生を昇華する方法が見当たらない。
そしてこのタイミングで
バナナの着せ替え写真で子供と遊んでいる写真を
送ってくる姉は何なのか。
この日のおやつはバナナを食べた。
