【徒然日記】料理は義務?それとも趣味?──うつ病と向き合いながら台所に立つ日々
僕は料理が好きかもしれない。でも、それを「趣味」や「特技」とはあまり考えていない。
どちらかというと──義務に近い感覚だ。
理由は2つある。ひとつは子どもの頃の体験。
母は共働きで忙しく、料理が得意な方ではなかった。
外食やスーパーの弁当が続くことも多く、少年野球の練習の時には、手作りではない弁当を友だちに笑われたこともあった。
そんな思い出があって、僕はなるべくファミレスや惣菜に頼らず、手作りのごはんを出すことを自然と心がけるようになった。
もうひとつは、うつ病になってからのこと。
仕事を辞めて、家事や子育てを担う中で、「せめて食事だけはきちんと」と思っていた。
誰かの言葉で「人の体は食べたものでできている」という考えに強くうなずいた記憶がある。
味噌は義理の母と一緒に毎年手作りで仕込んでいる。

「得意な料理は?」と聞かれることがあるが、正直返答に困る。
カレー、パスタ、餃子、煮物、スープ、オーブン料理、ケーキ……いろいろ作れる。
でも、“義務”として作ってきたせいか、自分の中に「得意料理」という意識があまりないのだ。


うつ病の療養中、夢中になったのはパンやピザ作り。
勢いでスクールにも通ったけれど、厳しい師匠のもとで心が折れ、最後は動けなくなってしまった。

その次はパエリアにハマった。
家族の誕生日やキャンプのたびに作った。はじめは米が芯だらけ、ごげる、苦い……失敗の連続。
それでも、ちょっとずつ工夫しながら、家族の笑顔に救われてきた。

料理は、どこか謎解きゲームに似ていると思う。
妻がコープで頼んでいる食材を、あえて僕は事前に聞かない。
届いた食材を見て、「あれとこれで、あの料理ができそうだ」と考える。
一週間無駄なく使い切れたときは、謎が解けたような快感がある。
でも、カレーや鍋物に逃げた時には、ちょっとだけ敗北感が残る。
最近、買ってよかったキッチン道具がある。
卵焼き用の四角いフライパンだ。今までは丸いフライパンで無理やり作っていた。
でも、専用の道具を使うだけで、こんなにも簡単に、きれいにできるなんて!
道具にはちゃんと意味がある。心からそう思った瞬間だった。

今は市販のルーを使わない、スパイスカレーにハマっている。
奥が深いこの世界、少しずつ勉強して、美味しく作れるようになったら──
その時はまた、noteに書いてみようと思う。
