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―― short story ―—

くちん

前屈みになり、鼻を抑える。
ハンカチを取り出して、
顔を拭いていると、
横から視線を感じる。
「……大丈夫?」
そう言ってくれる彼の言葉は、
心配しているようには思えない。

——違う意味だと、私は知っている。

彼と出会った日は、春先で、
見事に鼻がむずむずする季節だった。

会社の友人たちの花見に参加して、
一次会で先に上がらせてもらった帰り道。
夕日が沈む時間に、
桜に見入って立ち止まっている時だった。
くちん
前屈みになって鼻を啜る。
人差し指で鼻の下を擦っていると、
影を感じた。

「こんにちは」

見知らぬ男性だった。
少し、不安になった。
でも、一瞬だった。

好みの雰囲気の男性に、目を奪われたから。

私が動けないでいると、
彼が淡い青のハンカチを貸してくれた。
「肌寒くなってきましたよね」
「あ……申し訳ないので」
自分のポケットから淡い黄色のハンカチを取り出して、
鼻から下を覆った。
「……余計なことでしたね。失礼しました」
苦笑しながら、彼が手を下げるのを見て、
少し、胸が痛んだ。
「いえ、お気持ちありがとうございます。」
頭を下げると、
こんなに素敵な人に出会えたことに感謝して、
立ち去ろうと踵を返した。

「あの……お時間あれば、そこでお茶して行きませんか。」

……私に言ってるの。
振り返ると、彼がにこやかに笑った。

……ナンパだ。
騙されないか、不安になった。

くちん
前屈みになる。
彼が静かにハンカチを取り出して、
私の手に持たせる。

「……ありがとう」

微笑む彼は、頬を染めて、まるで恋する乙女だ。

その顔は、くしゃみのときだけ現れる。
気づくまでは……

取り柄もない、
見た目も普通の私に執着する彼に、
違和感があった。

横に並ぶのが私では、
変に思われても仕方ない。

でも、彼が本当に好きなのは私のくしゃみ

……正直、複雑である。


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