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【ショート】 夜に置いてきたもの

―― short story ――

体が冷たいのに、目の前のオレンジ色がいやに熱かった。
だんだんと熱さが消えていって、灰になる。

「……もう、大丈夫だから」

雫が垂れた。
小さな波紋が音もなく広がっていく。
紅茶のカップを手に取り、ひとくち飲んだ。


しょっぱかった。


 その日の夜は、一生を閉じ込めたみたいに鮮明に覚えている。
忘れたくても、忘れられない。
君は僕を真っ直ぐに見て笑った。
もう、大丈夫だから。
どうして、と聞こうとしてやめた。君はまっすぐ僕を見ていた。その目の前で、僕は何も言えなくなっていた。ゆっくりと君は立ち上がり、背を向ける。その仕草だけで拒絶されたと分かる。胸が抉られるようだった。再び、喉元まで、どうしてという言葉がでかけた。けど、気がつけば、視界から君は消えていた。

 君はいつも先に歩かなかった。
横断歩道では袖を引いた。家では何度も同じ話をして、夜は足先を触れ合わせて眠った。長い間そうしていたから、これからも変わらないのだと思っていた。
 翌朝、悪い夢を見たと思って目を開けた。君はいなかった。いつも通りに。出社すると、君の机は片付いていた。電話は解約されていた。家に行った。

誰も住んでいなかった。

消えた。

置いていかれた。

僕はそれを繰り返している。


「みこと~。休憩しようよ~」
「うん。休んでいて。」
「なんで、こんな急いで引っ越すのよ。」
さっきから何度目の会話だろうか。聞き流しながら、詰めた荷物を解く。
「だから、手伝わなくていいって言ったでしょう」
「こんなの一人でやったら大変でしょ!」
箱をどかっと置く。
……優しいんだから。
眉を顰めて笑う。
箱を開けると、ピタッと動きを止めるのにつられて、そちらを見る。
手には写真立て。
深いため息が聞こえる。
「……あんた、まだ、未練があるの。もう、五年だよ。早く、彼氏作りなよ」

「本当だ。おかしいな……ぜんぶ、置いてきたのに。」

写真立てを受け取り、裏返しに箱にしまう。

手がざらついた。
指先で擦る。
灰だった。

「……前に進まないとね」

――あの夜、確かに燃やしたから。


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