【ショート】 いなくなる前から
―― short story ――
木製の机を指でなぞる
いつも、ここに座って本を読んでいた。
窓際の風通しの良い席で、時折、外を眺めていた。
普段の様子とは違って、
この席では、とても穏やかに見えた。
人望があって、明るい太陽みたいな人だった。
その姿に惹かれたかと問われれば、首を縦に動かした。
彼にしてみれば、話したこともない私なんて眼中にもないだろう。
そう思って、いつも遠くから眺めていた。
「婚約者のロベルト殿だ」
目の前に太陽の人が微笑んでいる。
「ロベルトと申します。ビビアン様、どうぞ、末永くよろしくお願いいたします。」
跪き、私の手を取る。
触れるか触れないかの口付けが落ちた。
手が熱い。
開いた口が塞がらない。
夢のような出来事なのに、これからのことを考えると胸が弾まなかった。
胸の奥で、ゆっくりと息を整える。
冷えていく体とは、反対の態度を取った。
私の笑みに、彼の頬が赤く染まった。
夜中にそっと部屋の壁を押す。
すると、形のない扉が静かに開いた。
……あと1日、早く決行すればよかった。
知りたくなかった。
もう、すべての準備が整っている。
私は、自由になる。
中から扉を閉めると、ランタンをつけ、階段を走る。
深い闇の底に着くと、目の前の扉が開いた。
「クラウス」
小声で名を呼ぶ。
「……こちらです」
その手を取ると、強く引き寄せられる。
抱き上げられると、彼は見張りのいない戸口から屋敷の外に出る。
私にフードを深く被るように言った。
街の外れに手配していた馬車に乗り込むと、ようやく息がつけた。
大変だったのは彼のはずなのに、額から汗が滲む。
「……ビビアン様、大丈夫ですか」
心配そうに手を伸ばし、毛布を私の肩までかける。
大柄な体は、馬車だと窮屈そうに見える。
「……平気よ。ごめんなさい。あなたまで」
「ビビアン様」
強い意志を秘めた声音に遮られる。
「……ビビと呼んで。今日から」
彼の瞳が大きくなる。
顔を馬車の外へ向けると、話さなくなってしまった。
口元を弛めると、そっと目を閉じた。
――もう、これで、大丈夫。
爽やかな風を感じて、目を開ける。
小鳥の囀りと眩しい光が私を迎えた。
腕を動かすと、ふわふわの布団に沈む。
白を基調とした高級な調度品の並ぶ一室が目に飛び込む。
――違う。
跳ね起きると、
自宅より豪華な部屋の中にいた。
広いキングベッドに呆然と座る。
大きな鏡に映る私は、見たこともないレースの下着に身を包んでいる。
あられもない姿に、思わず体を抱きしめる。
慌ててシーツを手繰り寄せていると、
扉を叩く音がする。
息が止まる。
「……やぁ、ビビ。気に入ったかい?」
「……ロベルト様」
声が掠れる。
太陽の笑みが怖かった。
ロベルト様の足がこちらに迷いなく進む。
思わず、後ずさる。
「君のために用意したんだ。すぐ横に庭園もあってね。食事はテラスでできるよ」
ロベルト様の手が私の髪を掬う。
「僕と一緒にね」
口付けはすぐに離れた。
「あぁ……それから、あれはどうしようか」
ロベルト様が目配せすると、騎士たちが何かを引きずってくる。
嫌な予感がして、声が出ない。
部屋の中に放り込まれる。
立ち上がろうとして、シーツを手放す。
「おっと」
ロベルト様が私をシーツで包み直す。
そして、抱きしめた。
「いけませんね。僕以外に見せたらダメですよ」
囁かれ、頭を撫でられている間も震えが止まらなかった。
「……治療をお願いします。私が唆したんです。彼は、何も、悪いことをしていないのです」
視界が滲んで、揺れる。
「そうなのですね。言っていることがまるで真逆だ。……まぁ、どちらでもいいですが」
ふと、感じてしまう。
言葉が、通じないかもしれない。
「……私は、どうすれば?」
見上げると、彼はあの時と同じように頬を染める。
「どうすればいいと思いますか?」
体温が下がる。
でも、意を決して彼の胸を押した。
ぽすっと布団に沈むロベルト様の上に乗ると、彼の口角が上がる。
「彼を助けてくださるなら」
――お望みのままに。
木製の机を指でなぞる
いつも、ここに座って本を読んでいた。
窓際の風通しの良い席で、時折、外を眺めていた。
普段の様子とは違って、
この席では、とても穏やかに見えた。
いつも厳しい顔をしていた彼女。
遠くから、目を合わせようとしても避けられる。
声を掛けたくても、目の前にすると胸が張り裂けそうで息ができなかった。
どうにか、彼女の横に立ちたくて努力をした。
笑顔を絶やさず、彼女に見てもらえるように。
本当だったら、彼女は今ごろ船に乗り、隣国にいるはずだった。
計画は、大人顔負けに綿密なものだった。
失敗した時の対策もされ、商社やギルド、他の取引先にも交渉を済ませていた。
買収するのは、一苦労だった。
一番邪魔だったのは、彼女の隣にいるつもりの騎士だ。
とりあえず生かしておけば、彼女は俺を嫌わないだろう。
あとは、ゆっくりと甘やかしていけばいい。
勤勉な彼女が、
堕ちるまで。
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