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【ショート】 夜だけ開く古書店

―― short story ―—

そこは、
夜だけ行ける場所。
夢の中でだけ立ち寄れる場所。
目覚めると消えてしまう、
闇夜に灯りが煌々と灯る古書店。

真っ暗闇の中で、
トボトボと歩く。
周囲には、何もなく、
一本道が続いている。
道の先には、明るい光が灯り、
そこへ歩いていけばいいのだと分かる。

こんな場所を私は知らない。

どう考えてもおかしい状況なのに、
全く不思議に思わなかった。

ゆっくりと近づいていく。
そして、形が見えた。
お店だった。

中を覗くと、
たくさんの本が並んでいる。

木造の建物を見上げると、
『古書店』という看板が下げられていた。

ドアノブを握って、中に入る。

お決まりのカランという音がして、
カウンターに座るご主人が、
こちらを一瞥して、
また、視線を手元に戻す。
文字を追うようにして目が動いていて、
「いらっしゃい」の一つもなかった。
でも、拒絶されている空気もなく、
自然と店内に足が進んだ。

周囲を見渡しながら、
ゆっくりと本のタイトルを目で追う。

色んな種類の本があるようだ。
一部、ペンやノートなどの雑貨も売っている。
私は本よりも、雑貨を眺めている方が楽しかった。

ふと、花の栞の横にある本に目が止まる。

『友達と仲直りする方法』

小学生が読むような本のタイトルだと思った。

でも、今の私の心に深く刺さった。
手にとって表と裏を確認する。
それほど厚い本ではなく、
表紙の絵も、友達同士が手を繋いで笑っているという、
ありふれたものだった。

そして、真ん中から開いてペラペラめくる。
……ん?
不思議な感覚に包まれる。

三年前、
母と喧嘩したのだ。

その時の映像が見える。

次の瞬間、
「さっきは、言い過ぎたわ。
 仕事でイライラすることがあって、
 気が立っていたのよ。
 本当に、思って言ったことではないの。
 ごめんね。」
あの母が謝ってきた。
「いいよ。私もごめんなさい。本当は、そんなことしてないの。
 ただ、大袈裟に言っただけ。」
生まれて初めてみた。
私が素直に謝っているところを。
母は私を抱きしめた。
思わず息が止まる。

そして、涙が出た。

たった一回、謝っただけでこうも関係が良くなるものなのだろうか。

ふと、手元を見ると、
最終ページを開いていた。

本を閉じる。

……なんだったんだろう、今のは。

涙の跡を誤魔化すように、
目を擦った。
そっと、後ろを振り返ると、
ご主人は気にした素振りもない。
肩を落とすと、本を見た。
もう一度、本を開くと、不思議なことに、
あんなに大嫌いだった母親が恋しくなった。

……不思議な本。

買って行こうかな。

でも、私は何も持っていなかった。
店主さんに、取り置きしてもらえるか聞こう。
「すみません。こちらの本を頂きたいのですが……」
そこまで言うと、
店主が顔を上げた。
お爺さんかと思ったけど、
思ったより若く見えた。
「ここでの支払いは対価になる。」
……は?
「その本を持っていくなら、君の一部をもらおう。」
……どうしよう。何を言っているのかしら?
「あの、……やっぱり、いいです。」
私は本を戻しに行こうとして、やめた。
やっぱりお守りじゃないけれど、
持っていたい気がした。
もう一度、店主を見る。
「そのまま、持って帰って問題ない。
 ただし、ここでの記憶を対価にしてもよければ。」
「……この店のことを忘れるってことですか?」
「まぁ、そういうことだ。」
……いいんじゃないだろうか。
本は、持って帰れる訳だし。
「じゃあ……頂きます。ありがとうございます。」
私は、頭を下げる。
店内は、しんと静まり返っていた。
そして、店を出ようとドアノブに手をかけて思った。

この店主は、こうしてみんなに忘れられているのだろうか。

振り返ろうとしたけれど、
ドアノブを回した瞬間、
古書店は消えてしまった――。

目が覚めると、いつもの朝だ。
……だる。
あくびをして、手を上げようとすると、
本を持っていた。
『友達と仲直りする方法』
「……何これ?」
小学生じゃあるまいし。
そう思いながら、私のお腹に腕を乗せている彼の手を、
そっと退ける。
そして、不思議と今日は母に会いに行こうと思った。

――三年ぶりに。

そこは、
夜だけ行ける場所。
夢の中でだけ立ち寄れる場所。
目覚めると消えてしまう、
闇夜に灯りが煌々と灯る古書店。



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