【ショート】 儚い希望
―― short story ―—
駆け抜けた先には希望があると信じてた。
「お父様、おはようございます」
私は一礼して室内へ入る。
顔を上げると、手を背中に回し、窓を眺める領主がいる。
「……おはよう。」
ゆっくりと振り返る。
「お前に縁談が来ている」
……縁談。
では、私のこれまでの教育はなんだったの。
朝から夜更けまで。
十歳の時に、後継者候補とされてから、
耐え続けてきた日々は……。
「どういうことでしょうか」
静かに投げかけると、
領主はため息をついた。
「私に、息子がいた」
一瞬で、何かが崩れた。
息子とやらは、
次の日の朝、屋敷にやってきた。
黒髪に深い漆黒の瞳。
父と同じ。
でも、顔立ちや雰囲気はまるで柔らかそうだった。
……母親似なのかしら。
屋敷でも、一番眺めの良い部屋をあてがわれ、
私の離れとは、距離があった。
その事に安堵すると、
そっとその場を後にした。
ふと、視線を感じたが、
もう、どうでもよかった。
私をもらってくれるのは、
隣国の第三王子だった。
身に余る誉れである。
なんでも父と同席した立席パーティーで、
外交に勤しむ私の姿に感銘を受けていたそう。
前々からお声がかかっていたのだと言っていた。
第三王子は、王位継承権はあるが、
第一王子、第二王子が精力的に争っているのに対し、
影が薄い。
それよりも領民を支えている印象を受ける。
恐らく、王座に興味はないのだろう。
良い縁談だった。
そう思うしかなかった。
部屋に戻ると、身辺整理をした。
後継者教育で使った、擦り切れるほど読んだ本も、
手に血が滲むほど握った木刀も捨てる。
これから私に必要なのは、
ただ一つだけだった。
目の前が滲む。
その時、扉をノックする音が聞こえる。
胸がとくっとなり、
背筋をピンと伸ばす。
「……どうぞ」
顔を見せたのは、
私の義理の兄だった。
「何か」
問いかけると、俯いていた顔を少し上げた。
「……初めまして。
突然、このような事になってしまい、驚いたと思います。」
彼は頭を下げた。
「何がおっしゃりたいのでしょうか。」
私の声に苦しそうな顔をしている。
……なぜ、彼が苦しんでいるのかしら。
「私は貧民街に住んでいました。ずっと、平民だと思っていたから。」
ボソボソと話し始める。
「我々のために、次期領主である貴方様が食料の調達や、街の設備を整えて視察に来て下っているのを、毎週、見ていました。ずっと……」
彼は押し黙った。
確かに、その人の居場所を奪ったと思えば、
気持ちがいいものではないだろう。
気にしないでいい、
そう伝えようと口を開いた時、
「お慕いしておりました」
……え
彼の目に涙が浮かんだ。
炊き出しの時のことを思い出す。
「せめて、ずっと想っていたかった」
そう、彼は領主にはまるで興味のない、
ただの恋する青年だった。
第三王子は、とても良い方だった。
彼は本当に私のことが好きな様子で、
私はとても幸せな人生を歩んでいる。
私が学んだことの全てが無駄になる訳ではない。
この人をお支えして生きていけばいい。
それなのに……
「何を考えておいでですか」
私は、時々、彼を不安にさせているようだ。
「……あなたのことを」
私は慌てて微笑む。
「……それは夢のようだ」
私の言葉に瞳を潤ませ、頬を染めて、
そっと、私の髪に口づけた。
「ずっと、私を欺いていて下さいね」
小さな声だった。
脳裏に、触れてはいけない人が過ぎる。
その顔を思い浮かべながら、
私は目の前の人の頬を手で包み込んだ。
嬉しそうに口元を緩める彼の顔が近づく。
「……愛しています」
囁いた言葉に、
彼の頬に涙がこぼれ、
強く抱きしめられる。
そっと、拭うように目元まで触れる。
漆黒の瞳が浮かんだ。
「……私はひどい女でしょうか」
「……そんな貴方も愛していますよ」
彼は私を離さなかった。
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