【ショート】 里夏の日記帳
―― short story ―—
10月1日
この日記帳を、お父様からもらった。
ワイン色の本のような厚さの日記だった。
今日から、ちゃんと書きなさいと、お父様に言われた。
10月2日
お父様から散歩に誘われた。
ともに歩きながら、庭の花々や景観を楽しんだ。
庭園の奥にあるガゼボで、
お茶とお菓子を用意してくれた。
メイドの人も、私の好みのものを、
いつも持ってきてくれる。
10月3日
今日から学園に行く。
少し重たいけれど、
優しいお父様からもらった日記帳を、
置いていくわけにはいかない。
カバンに入れて、
お父様にご挨拶に行く。
今日から寮生活だ。
10月4日
同じ寮生になったのは、
同じクラスの桜さんだ。
いつも親切で優しい女の子といった印象。
良い方が一緒でよかった。
10月5日
授業は滞りなく進んだ。
勉強は難しかったけど、ついていけなくはない。
部屋に戻ったら、復習しないと。
いつもそう考えて、席を立ち上がった時だった。
男子生徒に声をかけられた。
確か、隣のクラスの男の子だった。
彼に図書館に誘われ、
一緒に宿題をした。
10月6日
授業が終わると、
今日も彼がやってきた。
その日も一緒に宿題をして、
課題について話して、帰った。
10月7日
今日も一緒に宿題をした。
彼は理数系が苦手なようで、
私が何度か手助けをした。
その代わり、彼は話が上手で、
いつまでも聞いていられた。
10月8日
――その日、事故は起きた。
誰かが私にぶつかり、
私は階段から転げ落ちた――。
パタンと本を閉じる音がする。
私はゆっくりと目を開ける。
ぼやっと見えるのは、真っ白い天井だった。
体を起こそうとするが、
鉛のように体が重くて、動かない。
口を動かそうとしても、
ひりついて言葉を発することができなかった。
そして、少し遠いところから、
大きな声で言い争っている声が聞こえた。
「いい加減、里夏をどうするか決めて下さい!」
……これは、義理のお母様の声?
「里夏は生きている。」
……お父様だわ。
心が弾む。
「一体、入院費がいくら掛かっていると思ってるんです?
もう5年ですよ!」
……5年……?
理解するまでに、時間がかかった。
心が沈む。
私は目をぱちぱちさせて、右を見る。
眩しいほどの明るい日差しと美しい木々に生い茂る緑。
……綺麗ね。
「……さと、か?」
声が聞こえる。
今度は左に目を向けると、
懐かしい面影をした男性が目を見開いていた。
じんわりと彼の目から、
大粒の涙がポロポロと溢れ始める。
……あ、泣いちゃった。
動きたいけど、やっぱり体が動かない。
扉の向こうからは、まだ、言い争う声が聞こえた。
彼は慣れたように、私をベッドから抱き上げると、
窓際のソファに腰掛け、
私を膝の上に乗せて、ブランケットで包んだ。
そっと、私の耳元を塞ぎながら、
「里夏」
と名前を泣きながら、何度も呼んだ。
だらんとしていた手を動かしたくて、
思いっきり力を入れてみた。
息が上がったが、
ゆっくりと彼の手を掴む。
「……里夏」
彼は涙を浮かべたまま笑うと、さっきより強く私を抱きしめた。
「お医者さん、呼んでくる。ちょっと、待ってて。」
私をベッドに戻すと、彼は病室の戸を開け、
お義母とお父様と一緒に、医師のところに行った様子だった。
そして、
ふと、彼が座っていた場所に、見慣れた日記帳が開いているのに気づく。
日記帳は、確か最初の二ページしか書いていなかった。
私は彼が見ていた日記帳を見ようと、
左に頭を動かして見る。
なぜか、
どのページにも文字がびっしり書いてあることに、
違和感を感じた。
そして、
目に飛び込んできた内容に息が止まった――。
10月9日
今日は蓮と里夏の結婚記念日。
怪我をしたあの日、咄嗟に私の下敷きになって、
助けてくれたのは蓮だった。
ずっと、一緒にいたい。
――私の字って、こんなだっけ?
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