【ショート】 あなたを産んでよかった
―― short story ――
Apple Watchの電源が切れた。
駅の改札の隅で、ポツンと佇む。
喧騒が耳に張り付く。
こめかみを、冷たい汗が伝っていった。
頭をぐるぐると動かす。
今日の朝、ちゃんと充電した。
いつもなら半日は持つ。
――不具合?
初めてだった。
だから、信頼し過ぎていたのかも知れない。
対策してなかった。
私はスッとiPhoneを取り出す。
充電56%。
ウォレットを確認する。
……私のバカ。
泣きたくなる。
1ヶ月前にクレカを新しくして、
面倒臭くて、ウォレットに登録していなかった。
駅内を見まわし、バッテリーを探す。
足が止まる。
品川駅。
基本、キャッシュレスだ。
……楽だから。
私は、持っていないのだ。
そう、現金を。
そもそも、お金ないのに借りれないじゃん。
左手首を見つめ、深く息を吐く。
最終手段のタクシーが頭を掠めた瞬間。
顔を上げる。
……鞄にお守りの500円があったんじゃない?
それは、もはや遠い昔の出来事のようだった。
10年以上、愛用しているポーチの、普段は開けない小さなチャックを開ける。
――500円玉!
もはや、神々しく見える。
肩の力が抜けると、口元が緩んだ。
券売機の上を見つめる。自宅まで……。
……足りない。
肩を落とす。
Apple Watchってケーブルがなくても充電できたっけ?
そんなことを考えながら、
どんどん猫背になる背中に聞き慣れた声がかかる。
「……何してんの?」
驚いたまま、振り返る。
――神。
苦虫を潰したような顔をしながら、私を見る。
高校の友人たちも、ぽかんと私を見ていた。
かつて、今日ほど思ったことがあっただろうか。
あなたを産んでよかった。
※この物語はフィクションです。私に息子はおりません。
品川駅から帰れなくなったのは実話です。
実際には、500円分だけ自宅方面に電車に乗り、
残りは歩いて帰りました……。笑
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