【ショート】 結婚の誓い
―― short story ―—
あの日に、
誓い合ったのは心からの言葉だった。
だから、なぜ急に彼が冷たくなったのか、
私には、分からなかった。
指輪を外すと、
太陽に掲げ、内側を覗く。
青空が映る銀色には、
愛する旦那様の名前が彫ってある。
――夢ではない。
ちゃんと、結婚しているのだ。
薬指にしっかりとはめ直すと、
私は緩む頬を引き締める。
結婚して、同居を始めて三日目。
旦那様のお見送りに行かなくては、
今朝は早くにお出かけになると聞いている。
身支度を手早く済ませると、
階下へ降りる。
使用人達の挨拶に答えながら、
旦那様の執務室のドアをノックする。
かちゃっと、
扉が開き、
執事が頭を下げた。
向こうで旦那様が身支度を整えながら、
こちらを一瞥した。
私は、頭を下げると、
「失礼します」
と、言って中へと入る。
お手伝いをしようと、
コートへ手を伸ばす。
しかし、旦那様が取り上げ、
コートに触れることはできなかった。
……え?
私は驚いて、旦那様を見る。
まるで気にも留めない様子で、
私を無視するように旦那様は出ていってしまった。
呆然としている私の横に、
執事が近づいて、耳打ちをする。
「昨日、お帰りになってから様子がおかしいのです。」
そして、その後、
旦那様は私の存在を無視するようになった。
三年が経った――。
最初の頃は、戸惑った。
旦那様に面会を要請し、
「私に不手際があったのなら改めますから、お話して欲しい」
と、何度もお願いした。
しかし、
旦那様は私には、会ってもくれなかった。
このまま捨てられてしまうのだろうか、
そう不安になって、
ずっと泣いていた。
見かねた使用人達も私の味方になってくれたが、
旦那様が私を見てくれることはなくなった。
私も次第に、距離を置くようになった。
ただ、旦那様が出かけるのと、
邸宅に戻る姿を自室の窓から見つめるだけだ。
お付き合いをしていた頃よりも、
距離がある。
放置するのであれば、
どうして、私に愛を囁いたのだろうか。
どうして、私を抱きしめたのだろうか。
……名声?
全く、考えもしなかった。
驚くほど紳士で優しい人だったから。
そんな人が必死な顔をして、
頬を染めて、デートに誘ってきたのだ。
だから、我が家の権力目当てだったなどと、
思いもしなかった。
ふと、心が凍りつく。
私は、荷物をまとめると、
侍女に馬車を他の人にバレないように、
手配してもらった。
机の上に指輪を置く。
そして、みんなが寝静まった夜更けに、
出て行こうと、
扉を開けた。
「どこに行くのです?」
闇の中、目の前に立つ人に、
すぐには気づかなかった。
声が出ない。
あまりにも、怒りに満ちた瞳をしていたから。
「……どこに行くのか、と聞いているんです。」
冷や汗が出る。
でも、言わないと、
「実家に……」
「帰らせるわけないでしょう。」
旦那様は強引に私の手を掴むと、
部屋に押し込むようにして、
扉を乱暴に閉めた。
そして、荷物を取り上げると、
私をベッドに放る。
「うっ」
衝撃で声が出てしまう。
見上げると、旦那様はネクタイを外している。
そして、シャツを脱いだ。
……何をしているの?
旦那様の考えが分からない。
ゆっくりと横になった私に乗り掛かると、
久しぶりに旦那様の香りを感じる。
気づけば、
口を塞がれ、
腕を拘束されていた。
熱い吐息に、頭がぼうっとする。
されるがままに目を閉じる。
旦那様だ。
そう感じると、心は素直に喜んだ。
訝しげな声が聞こえる。
「……なぜ逃げないのです?」
……逃げるとはどういうことだろう?
私がキョトンとしていると、
優しく頬を撫でる手が、
私の髪を掬って、愛おしげに口付ける。
とくん、と胸が鳴る。
旦那様は、鋭く私を見た。
「男がいるんでしょう?」
……私に?
「誰がそんなことを?」
旦那様が嘲笑う。
「知らないふりをするつもりですか?」
……本当に知らないのに。
「いません」
静かに言った。
旦那様は信じてないようだった。
「三年も私を拒んでおいて、白々しい。」
……え。
誤解が解けるまでは、時間がかかりそうだ。
「他の男に逃げようとしても無駄ですよ。」
そして、ふと、あの日、
旦那様が出かけた先を思い出した。
私に冷たくなる直前に、
出かけた場所。
――私の実家。
お兄様……。
ふと、兄の顔がよぎる。
恐らく、この邸宅の使用人たちももしかしたら……。
まるで、私の考えが分かるかのように、
手首を掴む手が強くなった。
目の前で猜疑心に見舞われている旦那様の心を、
どうにか諌めてあげたい。
……私を嫌いだったわけでは、なかった。
私の目から涙が一筋溢れると、
旦那様の拘束が静かに弛む。
そっと体を起こすと、
旦那様を軽く押し、机に向かった。
そして、指輪をつける。
――今度は外さないように。
それから、
私は自ら服を脱いだ。
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