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『影を拾う店』

 駅から少し離れた裏通りに、「影屋」という古びた看板がある。

 木製の扉には「拾得物取扱」と書かれ、
 軒先には古い傘や時計、靴の片方などが吊るされていた。

 でも、この店が扱っているのは“落とし物”ではない。
 “落とされた影”だという。



 仕事帰り、ふと足を止めた私に、
 店主の老人が声をかけた。

 「影、落としてますよ」

 私は苦笑した。

 「影なんて、拾えるんですか」

 老人はゆっくりとうなずく。

 「人はね、忘れたいことがあると、
  そのたびに影の一部を置いていくんです。
  置いていった影は、ここに来る」



 店の奥には、大小さまざまな“影”が棚に並んでいた。

 薄墨のような布切れの形をしていて、
 光を当てると、その持ち主の姿が一瞬だけ浮かび上がる。

 老人は一枚の影を手に取った。
 「これは昨日の。若い女性の影です。

  涙の匂いがします」



 私は恐る恐る尋ねた。
 「じゃあ、自分の影も……ここにあるかもしれませんか?」
 老人は棚の奥を指さした。

 「ありますよ。
  二年前に“諦めた夢”の影がね。
  まだあなたを待っています。」



 震える指先で、その影を受け取った瞬間、
 胸の奥で何かがふっとほどけた。

 忘れたと思っていた痛みと、
 同時に、たしかに存在していた“願い”のあたたかさが流れ込んできた。



 帰り道、街灯に照らされた自分の影を見た。

 ちゃんと、足元に寄り添っている。

 少しだけ濃く、少しだけあたたかい気がした。

 ふと振り返ると、「影屋」の灯りはもう消えていた。

 まるで、最初からそこに店などなかったかのように。

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