【clum! '95 #01】ヘッドショット・ロマンス
※1995年、佐賀の新設中学校を舞台にした青春群像ラブコメです。
4月の放課後。中学校の体育館は、新入生を歓迎する熱気と、バッシュが床を擦るスキール音で満ちていた。
(うう……やっぱり、レベル高そうだなあ)
体育館の入り口、重たい鉄扉の隙間からこっそりと中を覗いているのは、新1年生の早坂一頼だ。
3人の兄たちに「お前は運動部に入れ! 背が伸びるぞ!」「今始めるなら流行りのバスケだろ!」と背中を蹴飛ばされて来たものの、いざ目の前で繰り広げられる先輩たちのキレのある動きを見ると、気後れして足がすくんでしまう。
そのときだった。
「もう! そこはもっと前に出なきゃパス通らないでしょ!」
コートの中央で、よく通る凛とした声が響いた。

声の主は、ポニーテールの女子の先輩。整った顔立ちをしているが、眉を吊り上げ、男子顔負けの迫力で指示を飛ばしている。
(うわ、あの先輩……怖そう)
一頼が思わず身を引こうとした瞬間、彼女の視線が鋭く光った。
パスコースが塞がれ、行き場を失ったボールを、彼女はいら立ちと共にサイドライン際へ大きく展開しようとする。
「——はい、パス!」
しかし、彼女の腕から放たれたボールは、味方の手元ではなく、大きく弧を描いて体育館の入り口へ。
つまり、一頼の顔面めがけて一直線に飛んできた。
「え?」

ドムッ!!
鈍い衝撃音と共に、一頼の視界がホワイトアウトした。
鼻の奥にツンとした痛みが走り、そのままお尻から床にへたり込む。
「いったぁ……」
「うわっ、ごめんなさい!!」
慌ただしい足音が近づいてくる。
目をしばたたかせながら顔を上げると、先ほどのポニーテールの先輩が、心配そうに自分の顔を覗き込んでいた。

「大丈夫!? 鼻、折れてない? あたし、ついカッとなって変なとこ投げちゃって……」
至近距離にある彼女の顔。汗ばんだ肌と、ふわりと香るシーブリーズの匂い。
心配と申し訳なさで眉を下げているその表情を見て、一頼の思考は痛みとは別の理由で停止した。
(……きれいな人だ)
怖いと思っていた吊り目は、近くで見ると意志の強さを宿した大きな瞳だった。
呆然とする一頼の上から、もう一つ、低い影が落ちる。
「……立夏、力入り過ぎ」
「じ……、折館くん! だってあいつらが動かないから……って、それよりこの子!」
見上げると、金髪碧眼の背の高い男子先輩が立っていた。
無表情で少し怖いが、その目は冷静に一頼の状態を観察している。
彼は大きな手を一頼の前に差し出した。

「おい、立てるか?」
「あ、はい……ぼ、ぼくなら大丈夫です」
一頼は慌ててその手を借りて立ち上がる。折館迅の手はゴツゴツしていて温かかった。
佐野立夏は、まだ心配そうに一頼の顔を見つめている。
「本当? 鼻血とか出てない? ……あ、君、見学の子だよね?」
「は、はい! 1年の早坂一頼です。バスケ部に……入りたくて」
痛みを堪えながらそう名乗ると、立夏はパッと表情を明るくした。
さっきまでの鬼のような形相が嘘のように、花が咲いたような笑顔になる。
「かず、よりくん、ね」

「そっか、入部希望なんだ! あたしは2年の佐野立夏。こっちの無愛想なのは折館迅。うちのバスケ部は男女混合で練習してるの。ねえ早坂くん、バスケ好き?」
「え……あ、はい。好き、です」
「じゃあ決まりね! 手荒い歓迎しちゃってごめんね? その代わり、あたしがしっかり教えてあげるから!」
立夏は「よし!」と一頼の背中をバンと叩いた。
その手は少し痛かったけれど、一頼の胸の鼓動は、ボールが当たった時よりも激しく跳ねていた。
(……この人についていきたい)
痛いはずなのに、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ、もう一度あの笑顔を見たいと思ってしまっている。
自分でも呆れるくらい単純だ。
けれど、一頼はもう気づいていた。
――自分はきっと、この先輩に恋をしたのだと。
そしてその瞬間、一頼は男子バスケ部への入部を心に決めた。

「……早坂、顔赤いぞ。やっぱり冷やしたほうがいい」
「えっ、あ、いえ! これは、その!」
冷静な折館のツッコミに、一頼は必死に首を横に振った。
「少し眩しくて……目が眩んでいるだけです」
立夏を追いかける目が、眩しそうに細められた。
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