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【clum! '95 #09】赤点阻止作戦

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1995年5月中旬。

5月の連休明け、少し蒸し暑くなってきた放課後。

図書室の奥にある涼しいはずの学習スペースは、異様な緊張感に包まれていた。

「……無理。もう文字が見たくない。帰りたい」

机に突っ伏して魂が抜けかけているのは、バスケ部女子エースの佐野さの立夏りっか先輩だ。僕の憧れの先輩でもある。

今月の中間テストで赤点を取れば、来月の地区大会に出場停止という絶体絶命のピンチに陥っているのだ。

「ダメですよ、佐野先輩。まだ開始して15分です」

二つ隣に座った僕、早坂はやさか一頼かずよりが励ます。僕は授業のノートをまとめているところだ。

「だってぇ〜! 数学とか意味わかんないもん! バスケットボールに連立方程式関係ないじゃん!」

「遠くても何事も関係はある。お前、そんなんだから戦略を考えるのが下手なままなんだ」

向かい側で小説を読んでいた折館おりたちじん先輩が、ページをめくりながらボソッと突っ込む。

折館先輩はすでに自分の勉強範囲を終わらせており、今は佐野先輩の「監視役」としてここにいるらしい。

「うっさい! あんたは天才肌だからいいけど、凡人は努力が必要なの!」

「なら努力しろ」

「ぐっ……!」

正論で殴られ、佐野先輩が頬を膨らませて、何故か腰を浮かせた瞬間。

「佐野さん、これ、よかったら……」

鈴のような優しい声と共に、岡本おかもとれい先輩が、佐野先輩の目の前に自作のプリントを差し出した。

重要語句が色分けされ、可愛らしいイラストまで添えられた、特製の「対・赤点用まとめプリント」だ。

「うう、岡本さん……。ごめんね、巻き込んじゃって」

「ううん、わたしも復習になるから。……ここ、公式さえ覚えればパズルみたいに解けるよ。一緒にやってみよう?」

岡本先輩が隣に座り、ペンの持ち方から教えるように丁寧に解説を始める。

「聖母」のような岡本先輩の優しさに、佐野先輩も渋々ペンを握り直していた。

「……うー、ここはこう?」

「そう! すごい、佐野さんセンスがいいね!」

「え、ほんと? ……へへ、そうかな?」

褒められて伸びるタイプなのかな。
それとも、単に乗せられやすいタイプなのかな。

佐野先輩は、岡本先輩の巧みな誘導によって少しずつ問題を解き進めている。

その様子を、折館先輩が静かに横目で見ていた。

普段、おっとりした岡本先輩が、勉強のことになると凛として、佐野先輩をコントロールしている。

その横顔を折館先輩がじっと見つめていることに、岡本先輩は気づいてなさそうだ。

……いや、実は気づいているのかもしれない。耳まで真っ赤にしながら必死に平静を装っているように見えた。

1時間が経って、佐野さんの集中力が限界を迎えた頃。

「あーもうダメ! 脳みそ溶けた! 糖分がないと死ぬ!」

佐野さんがペンを放り投げた。

このタイミングを待ってた。わたしが鞄から小さな包みを取り出す。

「ふふ、そう言うと思って。……はい、差し入れ。うちの図書室は飲食禁止じゃないけど……なるべく静かにこっそりね」

包みを開けると、中には一口サイズの紅茶クッキー。

バターの芳醇な香りが、周囲にふわりと広がる。

「きゃー! さすが岡本さん、神様!(小声)」

「やった! 岡本先輩のクッキーだ!(小声)」

佐野さんと早坂くんが目を輝かせて飛びついてくれる。

わたしは少し勇気を出して、

「折館くんも、どうぞ」

と、少し震える手で包みを差し出した。

「……サンキュ」

折館くんは一つ摘むと、口に放り込む。

サクッという音と共に、彼の無表情な顔がわずかに緩んだように見えた。

「……美味い。店のみたいだ」

「っ……! あ、ありがとう……!」

折館くんのボソッとした、でも嘘のない褒め言葉に、わたしはつい俯いた。顔が赤いかもしれない。

その様子を見ていた佐野さんが、悪戯っぽい笑みを浮かべる。

「へぇ〜、折館くんがそこまで言うなんて珍しいじゃん。……ねえ岡本さん、もしあたしが今回赤点回避したらさ」

「え、なに?」

「テスト明けの打ち上げ、岡本さんの家でスイーツパーティってどう!? あたしの遅くなった誕生会も兼ねて! 折館くんも早坂くんも強制参加で!」

「ぶふっ!」

早坂くんが吹き出した。

わたしもびっくりしている。

折館くんは面倒くさそうに「なんで俺まで」と言いかけた。気のせいかもしれないけれど、折館くんは一瞬だけこちらを見てくれた。

「……まあ、立夏が赤点じゃなかったら」

と、条件付きで承諾してくれた。

「よし言ったね! 早坂くん、証人ね!」

「は、はい! ぼくも全力でサポートします! 先輩、残り全部やりましょう!」

「望むところよ! 岡本さん、次のページ教えて!」

スイーツパーティというご褒美のおかげでやる気が湧いたみたいで、佐野さんは猛烈な勢いでペンを走らせ始めた。

わたしは赤くなった顔を手で扇ぎながら、心の中で佐野さんの赤点、絶対回避させなきゃ……!と固く決意した。

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ゆりしま みつき|青春群像の庭師|『clum! 』連載中 よろしければ応援お願いします! いただいたチップは製作費に使わせていただきます。