『がんは、私の人生の二割になった』を書いた理由 〜一つだけ、誤解してほしくないこと〜
「がんは、私の人生の二割になった。」
この記事を読んでくださり、本当にありがとうございました。
この記事は、がんの告知から治療、手術、再発、余命宣告、そして今までを、一つの物語としてまとめました。
一つの記事にした理由があります。
それは、「何が起きたのか」だけではなく、そのとき何を感じ、何を考え、どうやって今にたどり着いたのかを、一つの流れとして読んでほしかったからです。
ただ、一つだけ誤解してほしくないことがあります。
この記事は、「標準治療を受けなくてもいい」ということを伝えたいわけではありません。
私は、主治医と何度も話し合い、そのときの病状や検査結果、治療の選択肢を確認しながら、自分なりに治療のタイミングを決めてきました。
記事の中で書いた「治療のタイミングは自分で決める」という言葉も、主治医と相談を重ねたうえでの、私自身の経過です。
決して、誰かに同じ選択を勧めるものではありません。
そして、もう一つ伝えたかったことがあります。
がんは、治療をしたら終わりではありません。
後遺症と向き合う日々があります。
再発への不安があります。
検査の日が近づくたびに、胸がざわつく時間があります。
だから私は、「がんになっても何とかなる」と伝えたいのではありません。
この物語が、健康でいられる時間を大切にするきっかけになれば嬉しい。
そして、体調に気になる変化があれば、「大丈夫だろう」と思わず、早めに医療機関を受診するきっかけにもなればと願っています。
毎日の食事でも、運動でも、睡眠でも、自分の体を気にかけることでもいい。
今ある当たり前の日常は、決して当たり前ではないと、私は病気になって初めて知りました。
もちろん、がんは生活習慣だけで防げる病気ではありません。
それでも、自分の体を大切にすることに意味はあると、私は信じています。
この物語が、誰かにとって健康でいられる時間を大切にし、今日という一日を大切に生きようと思えるきっかけになったなら、それ以上に嬉しいことはありません。
