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がんを忘れていた私に、突然やってきた恐怖

がんのことを考えない日が増えていた。
毎日を普通に過ごし、新しい目標に向かって歩き始めていた。
そんなある日、突然のお腹の痛みと発熱。
久しぶりに、忘れていた恐怖が顔を出した。
これは、がんを忘れていた私が、自分の変化に気づいた数日間の話です。

なんとなくお腹が痛くて目が覚めた。
時計を見ると、まだ朝方だった。
トイレに行って、また布団に戻る。

「なんだろう」

そう思ったけれど、深くは考えなかった。

私は直腸がんの手術で直腸を半分失っている。
術後2年が経った今も、排便障害は残っているし、腸の調子には波がある。
調子のいい日もあれば、悪い日もある。

だからその朝も、

「今日は少し調子が悪い日なのかな」

そのくらいに思っていた。

ところが時間が経つにつれ、違和感は少しずつ強くなっていった。

トイレに行く回数が増える。

いきむ。

痛い。

またトイレに行く。

その繰り返し。

排便痛なのか、お腹が痛いからそうなっているのか、自分でもよくわからない。
ただ、いつもと少し違う。
そんな感覚だけがあった。
そして、なんとなく体も重かった。

私はすぐにスーパーへ向かった。
今週は娘と二人きりだった。

もし体調を崩したら困る。

経験上、風邪をひきそうな時は数日分の食料を買い込んでおくと安心できる。

だから何となく急いでいた。
買い物をしている途中、ふいに身震いがした。

寒い。

店内は寒くないはずなのに、体の奥から震えるような感覚だった。

それでも買い物を済ませて帰宅した。

家に着く頃には寒気はさらに強くなっていた。
熱を測ってみる。

38度。

思わず体温計を見直した。
そんなに熱がある感じはしなかった。
鼻水もない。
咳もない。
だるさもほとんどない。

ただお腹が痛い。

それだけだった。

だから余計に怖かった。
熱の原因がわからない。

お腹の痛みと熱。

その組み合わせが、急に私を不安にさせた。

すると、忘れていた記憶が蘇ってきた。

三年前。

がんが見つかる前のことだった。
体の奥がジンジンするような、なんとも言えない痛み。

原因がわからず、ロキソニンを飲みながらやり過ごしていた日々。
病院へ行ってもはっきりしない不安。
あの頃の感覚に少し似ている気がした。

もしかして。

その言葉が頭をよぎる。

もしかして、また何か始まっているんじゃないか。
もしかして、がんが悪化しているんじゃないか。

最近の私は、本当にがんのことを考えていなかった。
毎日普通に過ごしていた。
新しい目標もできた。
勉強も楽しかった。
未来のことを考える時間も増えていた。
以前のように、朝から晩までがんのことばかり考えている生活ではなかった。

だからこそ、突然現れた恐怖に心が追いつかなかった。

私は必死に違う理由を探した。

きっとトイレに行きすぎたから痛いだけ。
熱は風邪の始まりかもしれない。
そういえば先週は食生活も乱れていた。
お酒も飲んだ。
寝不足の日も続いていた。
疲れもたまっていた。

だからきっとそのせい。

大丈夫。

きっと明日には熱が下がる。
そう言い聞かせながら、その日は早めに眠った。


翌朝。

熱は下がっていなかった。
38度。
そして痛みはさらに強くなっていた。
さすがにまずいと思った。
慌てて病院へ向かう。

運転しながらも気持ちは揺れていた。

きっと腸炎だ。

疲れが出ただけだ。

そう思う自分と、

いよいよ来てしまったのかもしれない。

そう思う自分。

希望と不安が交互に押し寄せてくる。

早く病院に着いてほしい。

ただそれだけを考えていた。

病院では検査が続いた。
血液検査。
CT検査。
熱が高かったためコロナの検査まで行われた。

私は看護師さんに、

「これは絶対お腹から来ている熱だと思うんです」

と言ったけれど、

「きまりですからね」

と笑顔で返された。

今思えば当然なのだけれど、その時は一刻も早く結果が知りたかった。

検査も長い。
待ち時間も長い。
待っている間、私の心はどんどん擦り減っていった。

不思議だった。
私はもう大丈夫だと思っていた。
がんと共に生きる覚悟ができていると思っていた。
再発も経験した。
余命の話も聞いた。
だから、何が起きても受け入れられると思っていた。

でも現実は違った。

怖いものは怖い。

不安なものは不安だった。

人間って弱いな。

私もまだまだだな。

そんなことを考えながら診察室に呼ばれるのを待った。


やがて名前が呼ばれた。

診察室へ入る。
喉がカラカラだった。
先生はCT画像を見ながらゆっくり話し始めた。

そして言った。

「大丈夫だよ」

その瞬間、全身の力が抜けた。

「骨盤内のがんは変化していないよ」

その言葉を聞いた時、初めて大きく息を吐いた。

自分でも気づかないうちに、ずっと呼吸を止めていたみたいだった。

炎症反応は高い。
どこかで炎症が起きているらしい。
ただ、CTで見える範囲には大きな異常はない。
抗生物質を飲んで様子を見ることになった。

診察室を出ると、一気に力が抜けた。

近くの椅子に座り込む。

しばらく何も考えられなかった。

ただ、ほっとしていた。

がんが大きくなっていなかった。

それだけで十分だった。


帰り道、私はふと思った。

そういえば最近、
がんのことを考えていなかったな、と。

以前の私は違った。
朝起きても、がん。
体のどこかが痛ければ、がん。
未来を考えても、がん。
人生のほとんどを、がんが占めていた。

だから今回、
あの頃の恐怖が戻ってきた時は本当に怖かった。

けれど同時に気づいたことがある。

私は、ちゃんと戻ってこられた。

恐怖の中から。

不安の中から。

また自分の日常へ。

がんは今も私の中にある。

それでも、もう人生のすべてではない。

あの日、
人生の十割だったがんは、
今ではほんの一部になった。

そして私は今日も、
娘のことを考え、
学びたいことを考え、
明日の予定を考えている。

そんな当たり前の毎日が、
なんだか少し愛おしく感じた。

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