幸せになる方法「いじりを考える」
トップ画像の花は「ごぼう」。
花言葉は「いじめないで」。
ごぼうといえば根っこを食べる野菜ですが、
実は紫色の花を咲かせます。
そして、その花には少し考えさせられる花言葉がついています。
♧♣︎
子どもの頃から、「いじめはダメ」と教わります。
もちろん、その通りです。
人を傷つけて幸せになるのは難しいと思います。
でも最近、小学校に行く子供から話を聞くと、
少し気になることがあります。
それは、
いじりまで無くそうとしていないだろうか。
ということです。
♧♣︎
友人同士の軽口。
家族の冗談。
職場での何気ないやり取り。
そういうものまで全部なくしてしまうと、
なんだか窮屈な世界になりそうです。
私自身、
友人からいじられて笑ったこともあります。
逆に、
誰かをいじって一緒に笑ったこともあります。
振り返ると、
それが楽しい思い出になっていることもあります。
♧♣︎
私自身も、
家族からよく「ハゲ」と言われます。
まだハゲていないんですけどね。
ただ、遺伝的にはかなり有力です。
父方も母方も見渡せば、なかなかの顔ぶれ。
いわば、ハゲのサラブレッドです。
いじられて、ノリツッコミまでがいつもの流れです。
だから家族も安心して言うのでしょう。
もちろん、
もし本気で嫌なら
やめてほしいと言うと思います。
でも今のところは、
「まだハゲてないんですけどね」
と笑っています。
こういうやり取りまで全部なくなったら、
少し寂しい気もします。
ちなみに数年後、
本当に薄くなってきたら、
「家族の予言は当たりました」
幸せになる方法「ハゲを受け入れる」
というタイトルで続編記事が書けそうです。
花は何にするか、
その時までに考えておこうと思います。
良いのがあれば教えて頂きたいです。
♧♣︎
だから私は、
いじりそのものが悪いとは思いません。
では、
いじめといじりの違いは何でしょうか。
私なりの答えは、
相手に逃げ道があるかどうか、です。
嫌だったら、「それはやめて」と言える。
言われた方も、「ごめん」と言える。
そんな関係なら、
いじりは人間関係を柔らかくしてくれることがあります。
♧♣︎
でも、
嫌だと言えない。
言ったら空気が悪くなる。
周りも止めない。
そんな状態になると、
いじりは簡単にいじめへ変わります。
言っている側は冗談のつもりでも、
言われている側は毎回傷ついている。
そんなこともあります。
だから、「これはいじりだから大丈夫」と決めるのは、いじる側ではないのだと思います。
♧♣︎
大切な事は、
人をいじらないことではなく、
相手の気持ちを考えることです。
いつも通り笑っているように見えても、
本当は無理をしていることもあります。
大丈夫かな、嫌じゃないかな。
そう考えるだけでも違う気がします。
そして、もし誰かから
「それ嫌だな」と言われたら、
素直に「ごめん」と言えること。
その一言が言える人は、きっと人間関係でも大きな財産を持っていると思います。
♧♣︎
ごぼうの花言葉は
「いじめないで」。
私はそこに、「冗談を言うな」ではなく、
「相手の痛みに鈍感にならないで」
という意味を感じました。
少しくらいの軽口や冗談がある世界は、
私は嫌いではありません。
でもその中に、
相手を思いやる気持ちだけは忘れない。
そんな人が増えたら、
今より少し生きやすい世界になる気がします。
この記事を書くにあたって影響を受けた本
『ぼくを探しに』シェル・シルヴァスタイン
主人公は、どこか欠けた自分を完全にしてくれる何かを探して旅をします。
子ども向けの絵本ですが、
大人が読むと考えさせられる一冊です。
私たちはつい、
欠点のない人になろうとします。
人の欠点も気になります。
でも、
少しくらい欠けているからこそ、
笑い合えたり、助け合えたりします。
家族から「ハゲ」と言われる私も、
いずれ本当に薄くなったら受け入れるしかありません(笑)。
完璧じゃない自分や他人と、
どう付き合っていくか。
そんなことを優しく考えさせてくれる絵本です。
ぜひ。
ほかにも「幸せになる方法」の花を
下記リンク先にまとめています。
必要な分だけ、持っていってください🍀
最後まで読んで頂きありがとうございました。
また別の記事でお会い出来れば幸いです。
🍀あなたが幸せでありますように🍀
画像出典:Wikimedia Commons(Pethan, CC BY-SA 3.0)
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