幸せになる方法「姿の見えない誰かに怖気付かない」
トップ画像は「オウコチョウ(オウゴチョウ)」。
花言葉は「自分らしく生きる」。
真っ赤な花を自由に広げるその姿は、
誰かの視線に合わせるのではなく、
自分の命を、
自分の色で咲かせているようにも見えます。
社会。
世間。
みんな。
その言葉を聞くだけで、
急に息苦しくなる時があります。
本当はやってみたいことがあるのに、
「そんなことして大丈夫?」
と、誰かの声が頭の中で聞こえます。
けれど不思議なことに、
その「誰か」の姿は見えません。
世間と言うけれど、
実際には、誰がそう言ったのか分かりません。
社会と言うけれど、
それは巨大な生き物ではなく、
無数の他人の感想が、
ぼんやり集まったものだと思います。
なのに私たちは、
その輪郭のないモヤモヤに、
人生を止められてしまうことがあります。
服装。
働き方。
趣味。
発信。
生き方。
「変だと思われないか」
「浮かないか」
「笑われないか」
そうやって、
まだ起きてもいない評価に怯えて、
好きなことを引っ込めてしまうのです。
でも、
姿の見えないものに怖気付いて、
自分の人生まで小さくする必要はないと思います。
本当に怖いのは、
好きなことをやらないまま、
「無難だった人生」だけが残ることかもしれません。
もちろん、
誰かを傷つけていいわけではありません。
けれど、
自分の幸せまで押し殺して、
存在しない空気に従い続ける必要もありません。
案外、
人は他人のことをそこまで見ていません。
そして、
少し勇気を出して好きなことを始めると、
同じように息苦しさを感じていた人が、
静かに集まってきます。
「それ、いいですね」
「実は私も好きでした」
「やってみたかったんです」
社会の空気に怯えていた時には
見えなかった景色が、
そこから少しずつ広がっていきます。
世間に認められるための人生より、
自分が納得できる人生のほうが、
きっと長く心に残ります。
姿の見えない誰かに怖気付くくらいなら、
好きなことをしたほうがいい。
人生は、
「誰かの空気」を守るためではなく、
自分の幸せを育てるためにあるのだから。
この記事を書くにあたって影響を受けた本
マカン・マラン
夜だけ開く不思議な食堂「マカン・マラン」。
そこで交わされる言葉たちは、
世間や常識に疲れた心を、
そっとほどいてくれます。
「誰かの目」より、
「自分がどう生きたいか」。
そんな問いを、
差し出してくれる一冊でした。
ほかにも「幸せになる方法」の花を
下記リンク先にまとめています。
必要な分だけ、持っていってください🍀
最後まで読んで頂きありがとうございました。
また別の記事でお会い出来れば幸いです。
🍀あなたが幸せでありますように🍀
いいなと思ったら応援しよう!
いただけたチップ以上に幸せを届けられるように頑張ります!そしてあなたが幸せでもありますように🍀