幸せになる方法「何者にもならなくていい」
トップ画像は「エニシダ」。
花言葉は「卑下(ひげ)」です。
「卑下するな」と言われても、つい誰かと比べてしまうのが人間の悲しいサガです。
「あの人はすごいな。」
「それに比べて自分なんて……(以下、一人反省会)。」
そんなふうに、自分を小さくしてしまうことがあります。
でも、その気持ちの奥には、「何者かにならなければ」という焦りが隠れているのかもしれません。
今回は、そんな卑下と幸せについて考えてみます。
「何者かになりたい。」
きっと、多くの人が一度は思ったことがあるはずです。
出世したい。
有名になりたい。
本を出版したい。
お金持ちになりたい。
誰かに認められたい。
その気持ち自体は、とても自然なものです。
でも、いつの間にか、その思いが少しだけ勘違いをしてしまうことがあります。
「何者かになれない自分は、他人より劣っている。」
SNSを開けば、世界は「すごい人」であふれています。
そういう人を見るたびに、「自分なんて」と勝手に敗北感を味わってしまう。
でも、冷静に考えてみると、
私たちは、生まれたときから何者でもありません。
赤ちゃんの履歴書なんて真っ白です。肩書きは「泣いて寝るプロ」くらいのもの。
それでも、家族は「そのままでいてくれるだけで満点!」と笑顔で抱きしめています。
本当は、人の価値は肩書きよりも、ずっと先にあるはずです。
私はごく普通の会社員です。
仕事が終われば、子どもと遊び、家庭菜園で野菜を育て、noteで幸せについて考えているだけです。
世の中には、もっとすごい人がたくさんいます。
でも、だからといって、私の人生が劣っているわけではありません。
成長することは好きです。
新しいことを学ぶのも好きです。
挑戦もしたい。
でも、それは「何者か」になるためではありません。
昨日の自分より、少しだけ豊かな人生を歩みたいからです。
何者かになることは、人生の目的ではありません。
もし結果として誰かに認められたり、栄誉をいただけたりしたら、ありがたく受け取ればいい。
でも、それがなくても、自分の価値は何も変わりません。
私たちは、自分を大きく見せる必要もありません。
だからといって、自分を小さく見積もる必要もありません。
自分を過大評価する必要も、過小評価する必要もありません。
等身大の自分でいい。
何者かになることよりも、自分という一人の人間を、今日もマイペースに丁寧に生きる。
その積み重ねが、結果として誰かにとっての「何者か」になる日もあるかもしれません。
でも、それは目的ではなく、あとからついてくる贈り物です。
幸せは、「何者かになる」ことで得られるものではありません。
「自分でいられた今日」の中で、育っていくものだと思います。
この記事を書くにあたって影響を受けた本
『ライオンのおやつ』/小川糸
人生の終わりを描いた小説。
死を前にした主人公は、「もっと有名になればよかった」とは考えません。
大切だった人や日常を思い返します。
「何者かになること」と「幸せになること」は違う。
そんなことを静かに教えてくれる作品でした。
ぜひ。
ほかにも「幸せになる方法」の花を
下記リンク先にまとめています。
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最後まで読んで頂きありがとうございました。
また別の記事でお会い出来れば幸いです。
🍀あなたが幸せでありますように🍀
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